真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺

現在の位置

五色線

ここからメインの本文です。

‡ 慧警 『無畏三蔵禅要』

解題凡例 |  1 |  2 |  3 |  4 |  5 |  6 |  7 |  8 |  9 |  原文 |  訓読文 |  現代語訳

← 前の項を見る・次の項を見る →

・ トップページに戻る

1.原文

中天竺摩伽陀國王舍城那爛陀竹林寺三藏沙門諱輸波迦羅。唐言善無畏。刹利種豪貴族。共嵩岳會善寺大徳禪師敬賢和上。對論佛法。略敍大乘旨要。頓開衆生心地令速悟道。及受菩薩戒。羯磨儀軌。序之如左

夫欲入大乘法者。先須發無上菩提心受大菩薩戒身器清淨。然後受法。略作十一門分別

第一發心門 第二供養門 
第三懺悔門 第四歸依門 
第五發菩提心門 第六問遮難門 
第七請師門 第八羯磨門 
第九結界門 第十修四攝門 
第十一十重戒門

第一發心門
弟子某甲等。歸命十方一切諸佛諸大菩薩大菩提心。爲大導師。能令我等離諸惡趣。能示人天大涅槃路。是故我今至心頂禮

第二供養門次應教令運心。遍想十方諸佛。及無邊世界。微塵刹海。恒沙諸佛菩薩。想自身於一一佛前。頂禮讃歎供養之
弟子某甲等。十方世界所有一切最勝上妙。香華旛蓋種種勝事。供養諸佛及諸菩薩大菩提心。我今發心盡未來際。至誠供養至心頂禮

第三懺悔門
弟子某甲。自從過去無始已來。乃至今日。貪瞋癡等一切煩惱。及忿恨等諸隨煩惱。惱亂身心廣造一切諸罪。身業不善殺盜邪婬。口業不善妄言綺語惡口兩舌。意業不善貪瞋邪見。一切煩惱無始相續纒染身心。令身口意造罪無量。或殺父母。殺阿羅漢。出佛身血。破和合僧。毀謗三寶。打縛衆生。破齋破戒。飮酒噉肉。如是等罪。無量無邊不可憶知。今日誠心發露懺悔。一懺已後永斷相續更不敢作。唯願十方一切諸佛諸大菩薩加持護念。能令我等罪障消滅。至心頂禮

このページのTOPへ / 原文へ / 訓読文へ / 現代語訳へ / 語注へ

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ 仏教の瞑想へ戻る

2.訓読文

中天竺摩伽陀国1王舍城2那爛陀3竹林寺4三蔵沙門、諱は輸波迦羅5、唐には善無畏と言ふ。剎利種6にして豪貴族なり。嵩岳の会善寺の大德、禅師敬賢和上7と共に、仏法を対論するに、略して大乘の旨要を敘べ、頓に衆生の心地を開き速やかに悟道せしむ。及び菩薩戒を受くる羯磨8儀軌あり。之れを序ぶること左の如し。

夫れ大乘の法に入んと欲せば、先ず須く無上菩提心を発して、大菩薩戒を受け、身器清淨9にして、然して後ちに法を受くべし。略して十一門を作して分別す。

第一発心門 第二供養門 
第三懺悔門 第四帰依門 
第五発菩提心門 第六問遮難門 
第七請師門 第八羯磨門 
第九結界門 第十修四攝門
第十一十重戒門

第一 発心門
弟子某甲等、十方一切諸仏・諸大菩薩に帰命し、大菩提心を大導師と為したてまつる。能く我等をして諸の悪趣10を離れしめ、能く人天に大涅槃の路を示したまへ。是の故に我れ今、至心に頂礼したてまつる。

第二供養門 次、應に教へて運心せしめ、遍に十方の諸佛及び無邊世界、微塵刹海の恒沙の諸佛菩薩を想ひ、自身は一一の佛前に於て、頂禮讃歎して之を供養すと想へ
弟子某甲等、十方世界所有の一切の最勝上妙なる香・華・旛蓋・種種勝事を以て、諸仏及び諸菩薩の大菩提心に供養11したてまつる。我れ今、発心より未来際を盡くすまで至誠に供養し、至心に頂礼したてまつる。

第三 懺悔門
弟子某甲、過去無始より已来、乃し今日に至るまで、貪・瞋・癡等の一切煩悩、及び忿・恨等の諸隨煩悩12は、身心を悩乱して広く一切の諸罪を造る。身業の不善は殺・盜・邪婬、口業の不善は妄言・綺語・悪口・両舌、意業の不善は貪・瞋・邪見なり。一切の煩悩は無始より相続して身心を纏染して、身・口・意をして罪を造ること無量ならしむ。或るは父母を殺し、阿羅漢を殺し、仏身より血を出し、和合僧を破し13、三宝を毀謗し、衆生を打縛し、斎を破り、戒を破り、酒を飲み、肉を噉う。是の如く等の罪、無量無辺にして憶知すべからず。今日、誠心もて発露14懺悔15したてまつる。一たび懺して已後、永く相続を断じて更に敢へて作らず。唯だ願はくは、十方一切の諸仏・諸大菩薩、加持16護念して、能く我等が罪障を消滅せしめたまえ。至心に頂礼したてまつる。

このページのTOPへ / 原文へ / 訓読文へ / 現代語訳へ / 語注へ

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ 仏教の瞑想へ戻る

3.現代語訳

中印度は摩伽陀国〈Magadha〉、王舍城〈Rājagṛha〉・那爛陀〈Nālandā〉・竹林寺〈Venuvana-vihāra〉出身の三蔵沙門、諱は輸波迦羅〈Śubhakara(-siṃha)〉、唐では善無畏と言う。剎利〈kṣatriya. クシャトリア. 王族・武士階級〉の豪貴族である。嵩岳会善寺の大徳である禅師敬賢和上と仏法を対論するに、略して大乗の要旨を述べられ、たちまち衆生の心地を開いて速やかな悟りへと導かれた。また菩薩戒を授けるに際し、羯磨〈karma / kamma. 受戒や布薩等の僧伽の重要な儀式、または僧伽の運営についての決議等を行うための定められた一連の言葉〉の儀軌をもってされた。それがどのようなものであったかは、以下の通りである。

そもそも大乗の法〈教え〉に入門しようと思うならば、先ずすべからく無上菩提心を発して大菩薩戒を受け、身器清淨となって後に法を受けなければならない。その術を略したならば十一門〈十一の段階〉に分かつ。

第一 発心門 
第二 供養門 
第三 懺悔門 
第四 帰依門 
第五 発菩提心門 
第六 問遮難門 
第七 請師門 
第八  羯磨門 
第九 結界門 
第十 修四攝門 
第十一 十重戒門

第一発心門

「弟子某甲[むこう / それがし]〈わたくしらは、十方の一切諸仏・諸大菩薩に帰命し、大菩提心を大導師といたします。よく我々をして(地獄・餓鬼・畜生という)諸々の悪趣から離れさせ、よく人々と神々に大涅槃への路を示したまえ。この故に私は今、至心に頂礼いたします」

第二供養門 次に教授して運心させ、遍に十方の諸仏及び無辺世界微塵刹海の恒沙の諸仏菩薩を想い、自身は一一の仏前において頂礼讃歎して供養していると観想させよ

「弟子某甲は、十方世界にある全ての最も勝れた妙なる香・華・旛蓋、種々の勝れた事物をもって、諸仏及び諸菩薩の大菩提心に供養いたします。私は今、発心より未来際を尽くすまで、至誠に供養し、至心に頂礼いたします」

第三懺悔門

「弟子某甲は、無始の過去よりこのかた今日に至るまで、貪・瞋・癡等の全ての煩悩、及び忿・恨等の諸々の隨煩悩によって身心を悩乱し、あらゆる諸々の罪咎を造ってきました。身業の不善は殺生・偸盗・邪婬、口業の不善は妄言・綺語・悪口・両舌、意業の不善は慳貪・瞋恚・邪見であります。全ての煩悩が無始以来相続し、我が心にまとわり染み付いて、身体・口・心による罪過を造ること数え切れないほどです」

「あるいは父母を殺し、阿羅漢を殺し、仏陀の身体より血を出し、和合僧を破り、三宝を毀謗し、生き物を縛り傷つけ、斎を破り、戒を破り、酒を飲み、肉を喰らってきました。そのような(私が犯してきたところの数々の)罪は無量・無辺であって、記憶し意識することすら出来ないものです。今日、誠心から発露〈deśana. 自らの罪過を告白すること〉・懺悔〈kṣama. 自らの罪業を悔いて許しを乞うこと〉いたします。一たび懺悔して以降、永く相続を断じ、ふたたび敢えて作りません。ただ願はくは、十方一切の諸仏・諸大菩薩よ、加持〈adhiṣṭhāna. 加護〉護念してよく我らの罪障を消滅して下さりますように。至心に頂礼いたします」

このページのTOPへ / 原文へ / 訓読文へ / 現代語訳へ / 語注へ

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ 仏教の瞑想へ戻る

4.脚註

  • 摩伽陀国[まぎゃだこく]Magadha. 古代印度における大国。釈尊在世当時、印度には十六大国といわれる諸国があったと諸仏典に言われているが、そのうちでもコーサラ(Kosala)国に並ぶ大国であったとされる。→本文に戻る
  • 王舍城[おうしゃじょう]Rājagṛha. ガンジス川中流域に位置した摩伽陀国の都。周囲を外輪山に囲まれた緑豊かな地。釈尊在世時、最も長く滞在され説法・布教された地として知られ、今も多くの遺構が残る。→本文に戻る
  • 那爛陀[ならんだ]Nālandā. 施無厭などと漢訳される。王舎城の北側およそ三里(13km)程に位置する街。五世紀頃、この地に大僧院が建立されて後、十二世紀末にイスラム教徒らに破壊されるまで、印度仏教における中心的地であった。善無畏は王位を捨てて那爛陀寺に入り、その衆首であった達摩掬多(Dharma-gupta)に師事し、やがて密教を受法している。『宋高僧伝』では、達摩掬多は見かけは四十歳ほどであったが、当時すでに八百歳であったなどと伝説している。→本文に戻る
  • 竹林寺[ちくりんじ]Venuvana-vihāra. 竹林精舎。王舎城に位置する、釈尊在世当時から存在した精舎の一つ。ここではあたかも那爛陀に竹林寺があるかのように言われているが、竹林寺があったのは王舎城であって那爛陀ではない。→本文に戻る
  • 輸波迦羅[しゅはから]Śubhakara. 無畏はその漢訳名。一般には善無畏というが、その場合の原語はŚubhakarasiṃhaで、浄獅子などと漢訳される。→本文に戻る
  • 剎利種[せつりしゅ]kṣatriya. 古代印度の階級制度(varṇa)の婆羅門(Brahmin)に次ぐ階級で、王族・貴族(武士階級)のこと。善無畏は王族の子であったと言われる。→本文に戻る
  • 敬賢和上[きょうけんわじょう]…支那の禅宗第六祖で北宗禅の祖とされる神秀の弟子であったとされる人。→本文に戻る
  • 羯磨[こんま]karma / kammaの音写。その原意は行為・行いであり、その漢訳は一般に業であるが、律においては、受戒や布薩等の僧伽の重要な儀式、または僧伽の運営についての決議等を行うための定められた一連の言葉が意味される。ここでは特に、授戒について用いられる定型句のこと。
     これを真言や天台では一般に「かつま」と読み、南都で戒律についての用語である場合はこれを「こんま」と特殊に読んで、真言でもそれに倣っている。南都には漢字の特殊な読みがいくつか伝わっているが、それらはあるいは天平の昔以来、印度僧の菩提僊那(Bodhisena)や林邑僧の仏哲など印度文化圏からの渡来僧、あるいは道璿や鑑真など支那僧が用いていた呼称・発音をそのまま、あるいはやや転訛して伝えているためであるかもしれない。→本文に戻る
  • 身器清淨[しんきしょうじょう]…修定するに際し、先ず自身が整えなければならない身心の条件や心構え。諸仏典に散説されたのを整理したものとしては、たとえば『倶舎論』に具体的に説かれる。詳しくは別項“前方便”を参照のこと。→本文に戻る
  • 悪趣[あくしゅ]durgatiあるいはapāyaの漢訳。地獄・餓鬼・畜生などの、苦しみ多大なる忌むべき境涯。→本文に戻る
  • 供養[くよう]pūjā. 尊敬を以て、あつくもてなすこと。→本文に戻る
  • 隨煩悩[ずいぼんのう]upakleśa. 根本煩悩に付随して生じる悪しき心の働き。『倶舎論』ではこれに十九種ありとされ、『瑜伽論』などでは二十二種あるとされる。→本文に戻る
  • 和合僧を破し…僧伽の和合を乱すこと。ここでの和合とは、僧伽の成員である比丘・比丘尼ら皆が律に準じた生活を送った上で、その組織としての僧伽の運営を行うこと。例えば、布薩など僧伽の行事を原則として全員参加によって行い、その進行に無闇に異議を唱えて妨害しないこと。これをまた一味和合という。
     和合僧とは、僧伽の運営を「皆が律に準じた生活を送った上で」円滑に行うことであって、日本の僧職者らがしばしば誤用しているような、事なかれ主義であったり無知・無規範の輩が烏合することを意味する語ではない。→本文に戻る
  • 発露[ほつろ]deśana. 自らの罪業を他に告白すること。→本文に戻る
  • 懴悔[さんげ]kṣama. 自らの罪業を悔いて許しを乞うこと。→本文に戻る
  • 加持[かじ]adhiṣṭhāna. 加護。→本文に戻る

脚註:沙門覺應

このページのTOPへ / 原文へ / 訓読文へ / 現代語訳へ / 語注へ

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ 仏教の瞑想へ戻る

解題凡例 |  1 |  2 |  3 |  4 |  5 |  6 |  7 |  8 |  9 |  原文 |  訓読文 |  現代語訳

・ トップページに戻る

メインの本文はここまでです。

メニューへ戻る


五色線

現在の位置

このページは以上です。