真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺

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‡ 慧警 『無畏三蔵禅要』

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1.原文

第四歸依門
弟子某甲。始從今身乃至當坐菩提道場。歸依如來無上三身。歸依方廣大乘法藏。歸依一切不退菩薩僧。惟願十方一切諸佛諸大菩薩。證知我等。至心頂禮

第五發菩提心門
弟子某甲。始從今身乃至當坐菩提道場。誓願發無上大菩提心

衆生無邊誓願度 福智無邊誓願集 
法門無邊誓願學 如來無邊誓願仕 
無上佛道誓願成

今所發心。復當遠離我法二相。顯明本覺眞如。平等正智現前得善巧智。具足圓滿普賢之心。唯願十方一切諸佛諸大菩薩。證知我等。至心懺悔

第六問遮難門
先問。若有犯七逆罪者。師不應與授戒。應教懺悔。須七日二七日乃至七七日。復至一年懇到懺悔須現好相。若不見好相。受戒亦不得戒。諸佛子汝等。從生已來。不殺父耶有輕犯者。應須首罪。必不隱藏。得大罪報。乃至彼等犯者亦爾。無犯者答無
汝等不殺母耶。不出佛身血耶。不殺阿羅漢耶。不殺和尚耶。不殺阿闍梨耶。不破和合僧耶。汝等若犯如上七逆罪者。應須對衆發露懺悔。不得覆藏。必墮無間受無量苦。若依佛教發露懺悔者。必得重罪消滅得清淨身。入佛智慧速證無上正等菩提。若不犯者但自答無 諸佛子等。汝從今日乃至當坐菩提道場。能精勤受持一切諸佛諸大菩薩。最勝最上大律儀戒否。此名所謂三聚淨戒。攝律儀戒。攝善法戒。饒益有情戒。汝等從今身乃至成佛。於其中間誓不犯能持否答能 於其中間。不捨離三聚淨戒四弘誓願能持否答能 既發菩提心受菩薩戒。惟願十方一切諸佛大菩薩。證明我等加持我等。令我永不退轉。至心頂禮

第七請師門
弟子某甲等。奉請十方一切諸佛及諸菩薩。觀世音菩薩。彌勒菩薩。虚空藏菩薩。普賢菩薩。執金剛菩薩。文殊師利菩薩。金剛藏菩薩。除蓋障菩薩。及餘一切大菩薩衆。憶昔本願。來降道場。證明我等。至心頂禮。弟子某甲 奉請釋迦牟尼佛。爲和上。奉請文殊師利。爲羯磨阿闍梨。奉請十方諸佛。爲證戒師。奉請一切菩薩摩訶薩。爲同學法侶。唯願諸佛諸大菩薩慈悲故。哀受我請。至心頂禮

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2.訓読文

第四 帰依門
弟子某甲、始め今身より乃し當に菩提道場に坐すに至るまで、如来の無上の三身1、方広大乘法蔵に帰依したてまつる。一切の不退2の菩薩僧に帰依したてまつる。惟だ願くは十方一切の諸仏・諸大菩薩、我等を証知したまえ。至心に頂礼したてまつる。

第五 発菩提心門
弟子某甲、始め今身より乃し當に菩提道場に坐するに至るまで、誓願して無上大菩提心3を発す。

衆生は無辺なれども誓願して度す 
福智は無辺なれども誓願して集す 
法門は無辺なれども誓願して学す 
如來は無辺なれども誓願して仕ふ
無上の仏道を誓願して成ず

今発す所の心は、復た當に我法の二相4を遠離して、本覚の真如を顕明すべし。平等の正智を現前して、善巧智5を得。普賢心6を具足し円満せん。唯だ願くは、十方一切の諸仏・諸大菩薩、我等を証知したまえ。至心に懺悔したてまつる。

第六 問遮難門
先ず問はく、若し七逆罪を犯せること有らん者には、師は応に戒を与授すべからず。応に教えて懺悔せしむべし。須らく七日・二七日乃至七七日、復た一年に至るまでにすべし。懇到に懺悔して須く好相7現ずべし。若し好相を見ざれば、戒を受くるとも亦た戒を得ず。諸仏子、汝等、生まれしより已来、父を殺さざるや輕犯の者有ば、應に須く首罪を必ず隱藏せざれ。大罪報を得。乃至、彼等犯者も亦た爾なり。無犯ならば「無し」と答ふべし。 汝等、母を殺さざるや。仏身より血を出さざるや。阿羅漢8を殺さざるや。和尚9を殺さざるや。阿闍梨耶10を殺さざるや。和合僧を破さざるや。汝等、若し上の如き等の七逆罪を犯さば、応に須らく衆に対して発露懺悔すべし。覆蔵11することを得ず。必ず無間12に堕して無量の苦を受く。若し仏教に依て発露懺悔せば、必ず重罪消滅することを得て、清浄身を得、仏智慧に入り、速やかに無上正等菩提を証す。若し犯さずんば、但だ自から無しと答えよ。諸仏子等、汝、今日より乃し菩提道場に坐すに至るまで、能く精勤して、一切の諸仏・諸大菩薩の最勝最上の大律儀戒を受持するや否や。此れを所謂三聚淨戒13と名づく。攝律儀戒14攝善法戒15饒益有情戒16なり。汝等、今身より乃し成仏に至るまで、其の中間に於ひて、誓て犯さずして能く持つや否や「能くす」と答ふべし。其の中間に於ひて、三聚浄戒・四弘誓願17を捨離せずして、能く持つや否や「能くす」と答ふべし。既に菩提心を発し、菩薩戒を受く。惟だ願くは、十方一切の諸仏・大菩薩、我等を証明し、我等を加持して、我れをして永く退転せざらしめたまえ。至心に頂礼したてまつる。

第七 請師門
弟子某甲等、十方一切の諸仏及び諸菩薩、観世音菩薩、弥勒菩薩、虚空蔵菩薩、普賢菩薩、執金剛菩薩、文殊師利菩薩、金剛蔵菩薩、除蓋障菩薩、及び餘の一切の大菩薩衆を請じ奉る。昔の本願を憶し、道場に来降して、我等を証明18したまえ。至心に頂礼したてまつる。弟子某甲 、釈迦牟尼仏を請い奉て和上19と為し、文殊師利を請じ奉て羯磨阿闍梨20と為し、十方諸仏を請い奉て証戒師21と為し、一切菩薩摩訶薩を請じ奉て同学法侶と為す。唯だ願くは諸仏・諸大菩薩、慈悲の故に我が請を哀受したまえ。至心に頂礼したてまつる。

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3.現代語訳

第四帰依門

「弟子某甲は、今この人生より、ついに(まさに仏陀となるべく)菩提道場に坐すに至るまで、如来の無上の三身〈法身・報身・応身〉、方広大乗の教えに帰依いたします。一切の不退〈avyāvṛtti. もはや退転することのない境地〉の菩薩僧に帰依いたします。ただ願くは、十方一切の諸仏・諸大菩薩よ、我等を証知して下さりますように。至心に頂礼いたします」

第五発菩提心門

「弟子某甲は、今この人生より、ついに(まさに仏陀となるべく)菩提道場に坐すに至るまで、誓願して無上の大菩提心を発します。

衆生は無辺なりといえどもを誓願して悟りに導く。
福徳・智慧は無辺なりといえども誓願して積集する。
法門は無辺なりといえども誓願して学ぶ。
如来は無辺なりといえども誓願して仕える。
無上なる仏道を誓願して成就する。

今、私の発したところの菩提心〈bodhicitta. 無上菩提を求める心〉は、まさに我〈ātman. 実体。ここでは特に「人」の意〉と法〈dharma. 事物・事象〉とに対する二相〈「人には霊魂の如き恒常不変の実体があると考えること」と「事物・事象の背後や根源に恒常不変の実体があると考えること」〉を遠離し、本覚の真如を顕明するものです。平等の正智を現前して、善巧智を得、普賢の心〈大悲心〉を具足して円満するものです。ただ願くは、十方のすべての諸仏・諸大菩薩よ、我らを証知して下さりますように。至心に懺悔いたします」

第六問遮難門

まず問う。もし七逆罪を犯した者があったならば、師は(その者に)決して戒を授けてはならない。(もし授けるのであれば、師はその者に)教誡して懺悔させなければならない。(懺悔させること)すべからく七日あるいは二七日〈14日間〉、ないし七七日間〈49日間〉、または一年間に及ぶまでせよ。心底より懺悔して、必ず好相が現われるまでなされなければならない。もし好相〈夢あるいは現に見る、仏・菩薩が現れて自身の頭を撫でる等々の、何らか吉祥なる現象〉を見ることがなければ、戒を(儀礼上)受けたとしても、それは戒を受けて得たことにはならない。

「諸仏子よ、汝らは生まれてから今に至るまで、①父を殺していないか軽犯の者があったならば、まさに須く首罪〈首懺の意であろう。一人以上の比丘等に対して懺悔すること〉せよ。決して隠匿してはならない。(隠匿したならば)大罪報を得るであろう。乃至、彼等犯者も亦た同様である。無犯ならば「無し」と答えよ。②汝らは母を殺していないか。③仏陀の身体より血を流させたことがないか。④阿羅漢を殺したことがないか。⑤和尚〈upādhyāya. 師僧。和上に同じ〉を殺したことがないか。⑥阿闍梨耶〈ācārya. 教師〉を殺したことがないか。⑦和合僧〈saṃgha. 僧伽。比丘・比丘尼の教団〉を乱したことがないか。汝らが、もしそのような七逆罪を犯したことがあるならば、まさに必ず僧伽に対して発露・懺悔しなければならない。隠し立てしてはならない。(もし隠し立てしたならば)必ず無間地獄に堕ち、無量の苦しみを受けるであろう。もし仏陀の教えに従って発露・懴悔したならば、必ずそれがたとい重罪であっても(その罪過を)消滅することが出来、清淨の身となって仏陀の智慧を得、すみやかに無上正等菩提を証すであろう。もし犯したことがないのであれば、ただ自ら「無し」と答えよ」

「 諸仏子よ、汝らは今日より遂には菩提道場に坐すに至るまで、よく務め励み、すべての諸仏・諸大菩薩の最勝・最上の大律儀戒を受持するや否や。これをいわゆる三聚浄戒〈trividhāni śīlāni. 菩薩戒の総体にして戒波羅蜜の具体〉という。攝律儀戒・攝善法戒・饒益有情戒である。汝らは、今身より遂には成仏に至るまで、その中間において誓って犯さず、能く受持することで出来るかか否か「能くす」と答えよ。その中間において、三聚浄戒と四弘誓願とを捨離することなく、能く受持することで出来るかか否か「能くす」と答えよ

「(弟子某甲は)すでに菩提心を発し、菩薩戒を受けました。ただ願わくは、十方のすべての諸仏・大菩薩よ、我らを証明し、我らを加持し、我らをして永く(菩提心を)退転せぬようして下さりますように。至心に頂礼いたします」

第七請師門

「弟子某甲は、十方一切の諸仏および諸菩薩、観世音菩薩、弥勒菩薩、虚空蔵菩薩、普賢菩薩、執金剛菩薩、文殊師利菩薩、金剛蔵菩薩、除蓋障菩薩、および他のすべての大菩薩衆を(この戒道場へ)請い奉る。昔起こされた本願により、この道場に来臨して、我らを証明したまえ。至心に頂礼いたします」

「弟子某甲は、釈迦牟尼仏を請い奉って和上とし、文殊師利を請い奉って羯磨阿闍梨とし、十方の諸仏を請い奉って証戒師とし、一切の菩薩摩訶薩を請い奉って同学法侶といたします。ただ願わくは、諸仏・諸大菩薩よ、慈悲をもって我が請いを哀受して下さりますように。至心に頂礼いたします」

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4.脚註

  • 三身[さんしん]…如来のありかたを三種に分類したもの。法身(dharma-kāya)・報身(saṃbhoga-kāya)・応身(nirmāṇa-kāya)。→本文に戻る
  • 不退[ふたい]avyāvṛtti. 阿鞞跋致。もはや退転することのない境地。→本文に戻る
  • 無上大菩提心[むじょうだいぼだいしん]…仏陀と等しい菩提を求める意志、心。→本文に戻る
  • 我法の二相…人には霊魂の如き恒常不変の実体があると考えることと、事物・事象の背後や根源に恒常不変の実体があると考えること。一般には我法ではなく人法といい、それぞれ実体の無いものであることを人法二空といって、それが大乗の教えの特徴であると言われる。→本文に戻る
  • 善巧智[ぜんぎょうち]…人あるいは神々など生ける者らを導くのに巧みな智慧。→本文に戻る
  • 普賢心[ふげんしん]…生きとし生けるものを救わんとする広大な大悲心。→本文に戻る
  • 好相[こうそう]…夢あるいは現に現れる、なんらか吉祥なる現象。この受戒するため懴悔した際に見る好相がいかなるものであるかについて、例えば『梵網経』では、「好相者。佛來摩頂見光見華種種異相」(T24. P1006c)とあって、仏陀が現れて自身の頂を撫でること・光を見ること・華を見ること等々の、様々な尋常ならざる現象であると規定されている。ここでいう光や華というのは、もちろん通常のものではなく、自身が明らかに異常、しかもなんらか吉祥であると感ぜられる形状・事象を、思いがけぬ状況において見るものとされる。
     なお、ここで善無畏が授戒に際して好相について言及していることは、おそらく印度以来のことではなく、当時の支那において通用していたやはり『梵網経』の所説を取り入れてのことであったろう。『梵網経』はまた、「若佛子。佛滅度後。欲心好心受菩薩戒時。於佛菩薩形像前自誓受戒。當七日佛前懺悔。得見好相便得戒。若不得好相。應二七三七乃至一年。要得好相。得好相已。便得佛菩薩形像前受戒。若不得好相。雖佛像前受戒不得戒」(T24. P1006c)と、懺悔して好相を見なければ得戒することはないと説いており、その具体的内容はまさしくこの『無畏三蔵禅要』の所説に合致する。
     しかし、ここで善無畏が懺悔して好相を得よと述べたということは、経説に合わないものである。なんとなれば、(そのほとんど全てが支那撰述の偽経であるものの、真経であるとして支那・日本で重要視されてきた)『梵網経』を初め諸々の菩薩戒を説く諸経典では、懴悔して好相を得よとするのは、あくまで授戒させ得る戒師が近くに無い場合とされているためである。おそらく、善無畏は、本来許されざる罪である七逆罪を犯したことのある者が、菩薩戒を受ける以前になすべき懺悔として、当時の支那で通用していた『梵網経』の説を斟酌して取り入れたのであろう。
     この『無畏三蔵禅要』では、現前の戒師があり、また羯磨師すらあることを前提としながら、しかし内容的には自誓受戒の体裁を不完全な形で取り入れているなど、実に不審な構成を説いている。『無畏三蔵禅要』にて説かれる授戒法は、『梵網経』だけではなく、後述する『観普賢菩薩行法経』の所説をも取り入れているなど、多分に支那において重要視された経典、中でも天台教学の影響を受けて説かれたと思われる。よって、ここで説かれたのは、印度における授戒の法式がそのまま開陳されたものなどではないであろう。→本文に戻る
  • 阿羅漢[あらかん]arhat / arahantの音写。修行を完成し解脱した聖者。「供養するに相応しい者」として、応供と漢訳される。仏陀の異称の一つであり、また声聞乗における聖者の最高位であるともされる。→本文に戻る
  • 和尚[わじょう]…サンスクリットupādhyāyaが中央アジアの胡語に転訛した語の音写。その正しい音写は鄔波駄耶[うぱだや]であるとされる。師僧、自身の根本の師のことであって、出家者にとっては出家生活上の親となる人の称。
     比丘が誰か弟子をとってその者の和尚となるためには、具足戒を受けて比丘となって後、最低でも十年を経ており、また経律に通じてその行業正しく、人を導くに耐える器量を備えてる必要があると律蔵にて規定されている。→本文に戻る
  • 阿闍梨耶[あじゃりや]ācāryaの音写。教師・先生の意。→本文に戻る
  • 覆蔵[ふくぞう]…隠し立てすること。→本文に戻る
  • 無間[むけん]…阿鼻地獄。阿鼻とはavīciの音写。地獄の最下層とされ、「絶え間ない苦しみに苛まれる境涯」であることから、無間地獄と漢訳される。→本文に戻る
  • 三聚淨戒[さんじゅじょうかい]trividhāni śīlāni. 菩薩戒の総体、六波羅蜜のうち戒波羅蜜の具体。詳細は別項、“三聚浄戒 ―戒波羅蜜とは何か”を参照のこと。→本文に戻る
  • 攝律儀戒[しょうりつぎかい]saṃvara-śīla. 仏教徒として持すべき基本的な戒あるいは律。それまで為してきた諸々の悪行を止めるための種々の禁則。在家であれば五戒・八斎戒、出家で沙弥・沙弥尼は十戒、正学女は六法戒、比丘・比丘尼は具足戒(律)。
     なお、律儀戒はただ三聚浄戒を受けることによっては受けることは出来ず、別途、三聚浄戒を受ける以前にそれぞれの分際に応じた戒あるいは律を、必ず受けておかなければならない。これを別受という。その上で、大乗を志向する者として三聚浄戒を受けることにより、すでにそれぞれ受けている律儀戒があらためて菩薩戒の一環であるとするのが、三聚浄戒の受戒における律儀戒。→本文に戻る
  • 攝善法戒[しょうぜんぽうかい]kuśala-dharma-saṃgrāhaka śīla. 大菩提を得るための、諸々の善を行うこと。具体的にいかなることを行うべきかについては、『瑜伽師地論』が最も詳しい。→本文に戻る
  • 饒益有情戒[にょうやくうじょうかい]sattvārtha-kriyā-śīla. あらゆる生ける物を利益するためになすべき諸々の事柄。それがどのような内容の行為を意味するものかは、やはり『瑜伽師地論』が最も詳しい。→本文に戻る
  • 四弘誓願[しぐせいがん]…智顗以来の天台宗にて、無上菩提を志向する菩薩が立てるべきものとされる四つの弘誓願。「衆生無辺誓願度 煩悩無量誓願断 法門無尽誓願智 仏道無上誓願成」。
     善無畏は、先の第五発菩提心門では今一般に五大願といわれる五つの誓願を挙げながら、ここでは四弘誓願と述べている(あるいは、これを筆記した慧警がそのように理解して記したものか?)。これは先に挙げた五大願と四弘誓願を同一・同等のものと見ての言であるかもしれないが、いずれにせよここでも『無畏三蔵禅要』には天台教学の影響のあることを確認することが出来るであろう。→本文に戻る
  • 証明[しょうみょう]…戒律を正しい手順と条件下で間違いなく受けたことを保証すること。→本文に戻る
  • 和上[わじょう]…和尚に同じ。ここでは特に菩薩戒の戒師。→本文に戻る
  • 羯磨阿闍梨[こんまあじゃり]…授戒に際し、その進行を司る主導的役割を担う人。→本文に戻る
  • 証戒師[しょうかいし]…受戒が正統な手順と条件下で行われたことを保証する人、証人のこと。証明師とも。なお、具足戒の受戒にては、和尚や羯磨阿闍梨および教授阿闍梨以外に最低七人の証明師が必要とされ、これを三師七証という。
     ここでは、三聚浄戒の受戒に際して釈迦牟尼を和尚、文殊師利を羯磨阿闍梨として十方諸仏を証戒師とする、という。これはおそらく、『観普賢菩薩行法経』の「今釋迦牟尼佛。爲我和上。文殊師利。爲我阿闍黎。當來彌勒。願授我法。十方諸佛。願證知我。大徳諸菩薩。願爲我伴」(T9. P393c)に依った説であろうと思われる。しかし、先の「好相」の註にて述べたように、ここでこのような説を出すことは不審である。この『無畏三蔵禅要』は、現前の戒師があることを前提とし、さらにその羯磨文をすら出して如何に授戒すべきかを述べていながら、ここで別途に釈迦牟尼を和上に、文殊師利を羯磨阿闍梨とせよなどというのは道理に合わない。
     実はこのような構成は、時と場所を移した日本の平安期初頭、最澄が『山家学生式』において為した単受大乗戒の主張と、その授戒法の構造だけについて言えば、かなり相似したものとなっている。(ただし、授戒の内容、その位置づけに関しては、まったく異なっている。)→本文に戻る

脚註:沙門覺應

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