真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺

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‡ 慧警 『無畏三蔵禅要』

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1.原文

汝等習定之人。復須知經行法則。於一靜處平治淨地。面長二十五肘。兩頭竪標。通頭繋索。纔與胸齊。以竹筒盛索。長可手執。其筒隨日右轉平直來往。融心普周視前六尺。乘三昧覺任持本心。諦了分明無令忘失。但下一足便誦一眞言。如是四眞言從初至後。終而復始。誦念勿住。稍覺疲懈。即隨所安坐。行者應知入道方便深助進。如脩心金剛。不遷不易。被大精進甲冑。作猛利之心。誓願成得爲期。終無退轉之異。無以雜學惑心令一生空過。然法無二相心言兩忘。若不方便開示無由悟入。良以梵漢殊隔。非譯難通。聊蒙指陳。隨憶鈔録。以傳未悟。京西明寺慧警禪師。先有撰集。今 再詳補。頗謂備焉

南無稽首十方佛 眞如海藏甘露門
三賢十聖應眞僧 願賜威神加念力
希有總持禪祕要 能發圓明廣大心
我今隨分略稱揚 迴施法界諸含識

無畏三藏受戒懺悔文及禪門要法一卷

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2.訓読文

汝等、定を習ふの人は、復た須く経行1の法則を知るべし。一静処に於て淨地を平治し、面の長さ二十五肘、両頭に2を竪て、頭に通じて3を繫け、纔かに胸と斉しくして、竹筒を以て索を盛れ。長さ、手に執る可り。其の筒、日に隨て右に転じて、平らに直く来往すべし。融心普周4して前六尺を視るべし。三昧の覚に乗じて本心を任持し、諦了分明にして忘失せしむこと無かれ。但だ一足を下して便ち一真言を誦すべし。

是の如く四真言は初より後に至り、終て復た始むべし5。誦念するに住すること勿れ。稍疲懈を覚せば、即ち所に隨て安坐すべし。

行者、応に入道の方便を知りて深く助進すべし。心を修めること、金剛の如く、遷らず易らざれ。大精進6の甲冑を被り、猛利7の心を作し、誓願して成得を期と為せば、終に退転の異無かるべし。雜学を以て心を惑し、一生をして空しく過ごさしむること無かれ。然も法は二相無く、心言両忘せり。若し方便して開示せざれば、悟入するに由し無し。

良に以れば梵漢殊に隔つ。訳に非ざれば通じ難し。聊ら指陳8を蒙りて、憶すに隨て鈔録し、以て未だ悟らざるに伝ふ。京の西明寺の慧警禅師、先に撰集する有り。今再び詳補す。頗ぶる備れりと謂ふべし。

十方佛、真如海蔵の甘露門、 
三賢・十聖・応真僧9を南無稽首し奉る。願くは威神加念力を賜んことを。
希有の総持禅祕要は、能く円明広大心を発く。 
我今、隨ひ分略し稱揚して、法界の諸含識10に廻施す。

無畏三蔵受戒懺悔文及禅門要法一卷

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3.現代語訳

汝ら、定を修習する者は、またすべからく経行[きょうぎょう]〈歩みながら行う修定〉の法則を知らなければならない。閑静なるな地における清潔な地面を平らかにし、幅二十五肘〈11.3m〉の両端に目印(の棒など)を立てて、その両方の先に紐を結びつけ、胸の高さほどにする。そして、竹筒をその紐にかけよ。その(竹筒の)長さは掌で握れるほどである。その筒を握りつつ、日に従って右回りに平らかに(その二十五肘ばかりの距離を)往来せよ。融心普周〈極めて注意深く、また心を専らとすること〉して自身の前方、六尺(の地面)を視よ。(自心を)三昧にあって覚醒した状態とさせて本心を任持し、諦了分明にして念を失ってはならない。一足を下すたびに一真言を誦せ。

これら四真言を初めから後へと順番に誦していき、(第四の真言を)誦し終わったならばまた(第一の真言から)始めよ。(真言を)誦念するのに立ち止まってはならない。(そのように経行しているうち、)やや疲労を覚えたならば、適当な場所にて安坐せよ。

行者は、まさに入道の方便を知って深く助進せよ。(菩提を求めて)その心を修めることを、あたかも金剛〈vajra. ダイヤモンド〉のようにして、退転させず心変わりせぬように。大精進〈mahā-vīrya. 大いなる努力〉という甲冑を被り、猛利〈情熱〉の心を起こし、誓願して「必ず菩提を得る」ことを期したならば、終に退転の心が起こることはないであろう。雑学によって心を惑わし、一生をして空しく過ごすことのないように。しかも法〈dharma. 真理〉には二相など無く、心言両忘したものである。もし方便して開示することがなければ、悟入するための縁など無いものである。

実に、梵語と漢語とは全く異なる言語であって、翻訳によらなければ意味が通じることはない。(善無畏三蔵より)いささか指陳を蒙たのを、その記憶にしたがって鈔録し、以て未だ悟りに至っていない者らに伝える。これには京の西明寺の慧警禅師が先に撰集したものがあって、それを今再び詳補したのである。これによって完全なものとなったと言えよう。

十方の仏陀および真如海蔵の甘露門、 
三賢・十聖・応真僧に南無稽首し奉る。願くは威神加念力を賜んことを。
希有なる総持禅の祕要は、よく円明広大の心を明かすものである。
私は今、これに従い分略し称揚して、法界の諸含識に廻施いたします。

無畏三蔵受戒懺悔文及禅門要法一卷

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4.脚註

脚註:沙門覺應

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