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‡ 慈雲『三昧耶戒和釋』

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1.解題

慈雲尊者が平易に説く三昧耶戒

画像:糞掃衣を着用した慈雲尊者

『三昧耶戒和釋』は慈雲尊者がその僧俗の門人らに対し、三昧耶戒とは何かを平易に説かれた書です。

本書がいつ頃著されたのかは定かでありません。

惟るに、それは真の仏教僧としてある意味必然のことであったのでしょうけれども、尊者の生涯は、まず自身について戒・定・慧のいわゆる三学の階梯に添って打ち込まれています。その上で、実はそれは最初不本意であられたものの、他に対して戒・定・慧の三学をその順に次第して、体系的かつ詳細に明らめられています。

尊者は、まず年少の出家後すぐに師忍綱和上より梵学の基礎を学んで四度加行を修め、それが終わるや儒学(古学)を伊藤東涯に学び、弱冠に至るや具足戒を受けて律学に励まれています。

戒と律との修学と具備とに励まれたその後には、密と禅とによる修禅に打ち込まれてひとかたならぬ証果、修禅中にそば近くに雷槌が落ちたのにも全く気づかないほどの深い定、いわゆる禅〈第三禅以上〉の境地に達せられています。その齢、二十六の頃のことです。ここで尊者は自身の三学について一先ず完成されたと見ることが出来ます。

しかしながら、尊者はようやく自ら得心に至ってはいたものの、当時の日本仏教の有り様については「とても世間に同道唱和の人もあるまい」といわば全く失望しており、何処かにて独り静かに余生を過ごしてしまおうと決意されていました。それはあたかも釈尊ご成道の直後、その悟り得た真理は誰も理解出来はしないであろうと、世に法を開示することを躊躇された如くの心地であったのでしょう。

ところがそうしたところに、法弟愚黙師よりの切なる懇請により、ある意味不本意ながらも正法律復興を宣揚されるにいたります。愚黙師はまさに、釈尊に対して説法を要請した梵天に擬される存在でありましょう。尊者はただ敬意からのみによって「日本の小釈迦」と山岡鉄舟から称賛されたわけでは無い、と言えます。

さて、尊者は正法律宣揚にともない、日本に真の僧伽を復興し、律および戒を実際に運用して維持するべく様々な戒律関係の書を著され、また講述されています。

この流れの中で尊者は、仏教僧の標示であって世界共通であるべき袈裟衣の姿形および着用法が中古以来はなはだ乱れていることを憂い、これを正すために『方服図儀』を著されています。尊者の律を復興するための様々な活動の中で、そのいわば象徴的なのが袈裟をインドの釈尊ご在世の昔にまで近づけ直したことでした。これも尊者のなされた偉業の一つです。

ところが、正法律復興の動機となった愚黙師などすぐれた法弟が次々と早逝され、尊者の後進が育成が一段落したところで隠棲を決意され、十数年間を生駒山中にて過ごされています。しかし、その隠棲生活の中で尊者は梵学研究に没頭されており、ついに著されたのが日本における梵学の頂点とも言って間違いない成果、『梵学津梁』一千巻という大偉業でした。

しかし、大阪と京都の熱心な仏徒らは、慈雲尊者という稀代の高僧が山中に独りあって世間との交わりを細々とすることを許さず、その熱心な勧めによって京都阿弥陀寺に入られます。尊者五十四歳のことです。

以降およそ五年に渡り、尊者は法を深く、しかし平易で現実的なものとして京都の人々に説き続けられていきます。この時、尊者に帰依した人々の中には、宮家の女院女御らがあって出家すらしており、ますます尊者の徳を慕う人々が増えています。

尊者の在家の人々への布教活動でもっとも成功したのがこの京都であったようで、その説法の集大成というべき書が『十善法語』です。

この後、尊者五十九歳の時、その本拠を再び大阪に移して河内の高貴寺に入られ、出家の弟子らの本拠・本寺としてこれを立て直し、組織されることに注力されること十年。ついに高貴寺をして正法律一派総本山とする許可を幕府より得ています。

この後、尊者は神道研究にも幅を広げられ、あるいはそれまでの著述を整理されるなどして過ごされていますが、この頃から特に密教について更に深く掘り下げられています。中でも門弟らへの密教、特に曼荼羅についての講述の筆記である『両部曼荼羅隨聞記』は、現在に於いてもなお必読の名著となっています。

少々長くなりましたが、おそらく尊者がこの『三昧耶戒和釋』を記されたのは、これは考証の要があることではありますが、高貴寺が正法律一派総本山に認可され、『高貴寺規定』など著されてその門人らのあり方が組織だって後のことであるでしょう。

三昧耶戒とは

慈雲尊者は当時の真言僧らが説くところの三昧耶戒について、忌憚なくこのように評されています。

密教の三昧耶戒は近世邪説多し。

密教の三昧耶戒について近年は邪説を説く者が多い。

慈雲尊者『戒学要語』(『慈雲尊者全集』Vol.6
[現代語訳:沙門覺應]

これは現在においてもなお全く同様に言えることで、むしろ邪説とすら謂うに値しない、根拠も無く意味も不明のご冗談としか思えぬ内容を、至極真面目な顔をして説くような僧職の人こそ多く見られます。

しかし、三昧耶戒は密教を行ずる者であれば必須であって、これを正しく理解して実行せずに密教などあり得はしないほどのものです。

さて、三昧耶戒の三昧耶とは、サンスクリットsamayaの音写語であって、密教におけるその伝統的な語義は平等・本誓・除障・驚覚とされます。尊者は三昧耶戒を説かれるにあたり、この中でも平等と本誓の意義に着目して説かれています。

平等とは、諸仏と我自身と衆生とが本質的に同等であることを意味します。何をもって同等であるとするのかといえば、それらはすべて六大所造である点についてです。六大とは、地・水・火・風・空・識という、六種のモノとココロを構成する性質のことです。それらが具体的にどういうものであるかは、本書における尊者の平易な説明に譲ります。

そのように諸仏と我自身と衆生とが本質的には平等である、などと言ってはみても、しかし諸仏はそれを脱した存在であるのに対し、我々および衆生は生死輪廻して苦しみの渦中にあり、そこから抜け出すことも出来ず同じ過ちを繰り返し続けている。

それは何故か。何がその違いを生み出しているか。それは本不生という真理を知らぬ、その真理に迷うがため、という一点に集約されます(本不生とは何を意味するかについては本文の脚注参照)。

しかし、ここで平等ということについて注意しなければならないことがあります。平等などといっても、現今の日本で叫ばれる西洋の潮流を受けてただその真似事をしたが如きのビョードーでは決してないということです。

それは時に味噌と糞とを一緒にするようなもので、特に日本で叫ばれるそれにいたっては、ただ西洋の標準にひたすら追従するためだけであることが多いように思われます。それは、それ以外の必然性やそこに到るまでの歴史や議論などもすべてすっ飛ばした、形も大きさもまったく異なる人形の首をすげ替えようとするが如き、非常に乱暴なものです。もっとも、そのような態度は明治維新から大正期にも多く見られた日本人の態度であって、大東亜戦争終結後にもやはり見られた傾向なのですけれども。

慈雲尊者は、仏教の説く平等ということについての儒教からしばしばなされた論難に対し、以下のように反論されています。

佛教の中には、上下尊卑の境に其差別有。なしと云べからずじゃ。平等と云ことを。山を崩し谷を塡みて一樣にすることの樣に思ふは。愚痴の至りじゃ。窮屈過ぎたことじゃ。

仏教には、(人および動物などにおける)上下尊卑の違いにその差別がある。「そんなものは無い」などとは言えない。平等ということを、山を崩して谷を埋めて平らかにするようなものと思うのは、愚痴の至りというものである。あまりに窮屈〈四角四面〉というものである。

慈雲尊者『十善法語』巻第二 不偸盗戒 安永二年癸巳十二月八日示衆
[現代語訳:沙門覺應]

仏教の説く平等ということは、決して「山を崩し谷を填みて一様にすること」ではありません。むしろ、そのように捉えている密教の僧職の人が非常に多く、言葉の上だけでそれをやたらと強調する者こそある現状ではありますが、これは平等ということを理解するのに心すべきことです。

このような慈雲尊者の言葉は、尊者が意図した儒教からの批判に対してだけではなく、現代人の多くの思想・態度に対しても言えるものでありましょう。

閑話休題。さて、仏教特に密教の説く平等ということに自覚して、自らその苦海から抜け出すことを志し、さらに他者も抜け出させようとの思いを起こす。すると、それが三昧耶の本誓の意義となって、具体的なその内容が五大願となります。

では具体的にその五大願とは何かということが問題となりますが、それは本文における尊者の言葉および脚注に譲ります。

いかに三昧耶戒を現実に受持すべきか

尊者は、「三昧耶とは平等・本誓・除障・驚覚の意味である」などと、ただ文字面だけ知らせようというのではなく、三昧耶とは自分の本質がいかなるものかを知り(平等)、その上でそこに横たわる問題に気づいてこれを自他ともに解決・脱却していこうと誓う(本誓)という一連の流れによって、これを示されます。

ただ三昧耶の意味内容を知ったとして、またそれを知った上で誓願したとて、それ以降忘れてしまってなんら自ら努力もせぬままにしてしまったならば、やはり意味など全くありません。そこで尊者は、あくまでこれを現実のものとしていかに護持し実行するかに重点を置かれます。

尊者は三昧耶の平等と本誓という語義説明に続いて、どうこれを保っていくかの具体的な術として三聚浄戒を説かれ、これも同様に具体的ながらも簡潔に示されています。

あるいは三昧耶戒を真に詳しく知らんとする人には、尊者の『三昧耶戒和釋』は物足りなく感ぜられるかもしれません。本書は、その対象が僧俗に通じ、しかも初門の人々に説かれたものであり、あくまで簡明直截であることから、それも無理からぬ事かもしれません。

(三昧耶戒については別項にてその典拠を様々に挙げて講述している。別項“三昧耶戒”を参照のこと。)

しかしながら、慈雲尊者による本書の核心は、先程述べたように「いかに現実にこれを護持し、実行していくか」にあります。

三昧耶戒について、それがさも伝統説であるかのように、しかし根拠など無い単なる思いつきや迎合の説を述べる人あるいは書は世に少なくありません。それを本書のように確たる典拠によりつつ、しかし平易に簡潔に説く書は、実に世に稀なものです。

いくら高邁の思想ばかり説き、アレとコレと比較してその浅深高低を論じ、これはカクカクシカジカの意味であるだのと傍観者的に言うばかりではまったく話しにならず、自ら苦を脱し、他にまたその道を示すことなど決して出来はしないでしょう。

今時法相似に転じ人高遠にはしる。こと葉弥〃高クして行ますます降る。言たかければ非を文るにたくみなり。行くだるゆへみづからその過を省ることなし。晩達小僧もつねに大乗を称し。俗士庸流も動モすれば向上の宗を談ず。その甚しきは佛法世法二なしとて名利をもとめ。煩悩菩提別あらずと云て聲色にふける者あり。これみな魔外の種族なるべし。

 いまどきは(仏陀の)教えが、本来とは似て非なるものとなってしまい、(人は聞こえは良くとも内容がまるでない)高遠〈観念の遊戯〉に走っている。(結果として)その言葉、思想はいよいよ高いものとなっていくけれども、行いはますます下劣で卑しいものとなっている。思想だけが高邁であれば、他の欠点を批判することに長じるものである。
 しかし、どれだけその口にする思想が崇高なものであっても、その者の振る舞い、心の働きなどの行いは下劣であるから、自分からそのあやまちを反省することがない。
 老僧をはじめ小僧ですら(その内実が、およそ大乗から程遠いものであっても)、つねに「我々は大乗の信徒である」と自称し、俗士や庸流の者ですら、(それがどう言ったものかも知らず、また行うこともなしに)ややもすれば(特に真言と禅という)向上の宗とについて論じあっている。
 中でも甚だしくひどい者ともなれば、「仏陀の示した教えと、世俗の習わしとは、実はなんの矛盾もなく一つのものである」などと虚栄や財産を求め、「煩悩と菩提とに違いはない。(だから悟りをもとめて修行するのも、欲望をむさぼるのも同じなのだ)」などとうそぶいて、世俗の娯楽や女の色香に溺れる者達がいる。
 これらは皆、魔外の種族に他ならない。

慈雲尊者『骨相大意』
[現代語訳:沙門覺應]

尊者は同様のことをまた簡潔に、『十善法語』の中にても述べられています。

今時の者の法を得ぬは、高遠に走る故じゃ。足もとに在ことを知らず。外に求る故に。假令百千年を歴ても得る時節はなきぞ。

今時の人々が法〈悟道〉を得ることが出来ないのは、高遠〈観念の遊戯〉に走っているためである。それがむしろ足もとに在ることを知らず、どこか遠くにあると思って求めるためである。そのようでは、たとい百年千年の月日を経たとしても、菩提を得る日など決して来ることはない。

慈雲尊者『十善法語』巻十二 不邪見戒之下
[現代語訳:沙門覺應]

以上のような言葉は、「尊者が言ったから正しい」・「尊者の言葉であるからアリガタイ」などと言うようなもので決して無く、誰が言おうとも厳然たる真実でありましょう。

そして、それが仏陀の言葉であろうが尊者の言葉であろうが、いくらそれが本当のことであっても、実際にその言葉通りに、あるいは悩み・苦しみながらでも自ら生き、行動しなければその真の価値など知ることは出来ません。

繰り返しますが、「三昧耶戒は密教独自の戒である」「密教徒に必須」などと言うのみ、あるいは「三昧耶戒とは深遠なる密教の教えが込められたアリガタイものである」などとその思想の背景や教学について云々と取り沙汰するのみでは、まったく意味はありません。あくまでこれを自らが現実にいかに実行し、自他の解脱に資していくかこそが最も肝要です。

三昧耶戒を知らんとする人、またこれを実行しようとする人に、慈雲尊者によるこの書は多くの示唆を与えるものに違いありません。

小苾蒭覺應 謹記
(horakuji@gmail.com)

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2.凡例

本文

このサイトで紹介している『三昧耶戒和釋』は、『慈雲尊者全集』第八(61-67項)を底本とした。

現代語訳は、逐語的に訳すことを心がけた。もっとも、現代語訳を逐語的に行ったと言っても、読解を容易にするため、原文にない語句を挿入した場合がある。この場合、それら語句は( )に閉じ、挿入語句であることを示している。

しかし、挿入した語句に訳者個人の意図が過剰に働き、読者が原意を外れて読む可能性がある。注意されたい。

難読と思われる漢字あるいは単語につけたルビは[ ]に閉じた。

語注

語注は、とくに説明が必要であると考えられる仏教用語などに適宜付した。

原意を外れた錯誤、知識不足の為の誤解を含む点など多々あると思われる。願わくは識者の指摘を請う。

小苾蒭覺應 謹記
(horakuji@gmail.com)

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