真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 慈雲『麁細問答』

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1.原文

問ふ、真言宗の長短いかに。

答ふ、弘法大師古今の英傑なること支那にも称する処なり。惠果阿闍梨に法を継いで両部の深奥末世迄に伝承す。嵯峨天皇の密契にて我国の神道特に此の宗に相承する等、その長所たる知るべし。その短所は末世の弟子たる者及祖の大志に達せず、動もすれば奇妙不思議を唱へ出して邪命養身の者多し。

問ふ、浄土宗の長短いかに。

答ふ、弥陀の三昧法部の深趣、諸経論五十余部に明了なり。難行を避けて易行に就く、誠に要道なり。後に至つて聖道浄土を分ち、自力他力定散二行、正行雑行を分つ。法然上人に至つて、口唱の一行緇素に通じ賢愚に通じて弘道功あり、是れ長所なり。取り違へたる者は父母に孝養するも猶隠顕の沙汰と称して悪を作りて怖れず、これ短所なり。

問ふ、日蓮宗も長短ありや。

答ふ、長所も大なり、短所も少なからず。大要は天台の一門を主として初心の者に一途ならしむるなり。短所は法我偏執、諸の外道よりも陋し。親眷隣里の交りも疎略になり行くなり。

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2.現代語訳

(座元が)質問した。
「真言宗の長所と短所はどのようなものでしょうか?」

(慈雲尊者)答えて曰く、
「弘法大師空海が、昔から今に至るまでの英傑であることは、支那でも讃えられていることである。(弘法大師は)惠果(けいか)阿闍梨から(密教の)教えを継承して、両部*1 の深奥は、この末世*2 にいたるまでに伝承している。嵯峨天皇の密契*3 によって我が国の神道が、特にこの真言宗に相承するなど、その長所であることを知るべきである。(真言宗の)その短所は、末世の弟子である者は弘法大師の大志に達することなく、ややもすれば奇妙で(人の理解を超え、口にしても人心を惑わすだけで意味などない)不可思議なことを吹聴しだし、(対価を求めての祈祷や占術など、戒律に違反した)邪な方法で生計を立て、生活する者が多いことである」

(座元が)質問した。
「浄土宗の長所と短所はどのようなものでしょうか?」

(慈雲尊者)答えて曰く、
「阿弥陀佛の三昧、法部*4 の深遠なる趣旨は、諸々の経典や論書五十数部に明瞭に説かれている。難解で行いがたい道を避けて、平易で行いやすい道を採ることは、誠に必要な方法であろう。(しかし、佛陀が御入滅されてから時代を経た)後になって、(佛陀の教えを)聖道門*5 浄土門*6 とを分類し、自力*7 他力*8 定心*9 散心*10 の二行、正行*11 雑行*12 とに分けられるようになった。法然(ほうねん)上人(の時代)になると、口唱念佛*13 というただ一つの行が行われるようになる。(これは)緇素(しそ)*14 に共通し、賢愚*15 に通じるものであって佛道を(世に)弘めるのに功績あるものである。以上が長所である。(浄土門の本意を自分勝手に解釈して)取り違えした者は、(表だっては)父母に孝養したとしても、隠顕(おんけん)*16 の沙汰(さた)であるとして、(陰では平然と)悪を行って(良心や後生に対して)怖れを抱かない者がある。以上が短所である」

(座元が)質問した。
「日蓮宗にも長所と短所があるのでしょうか?」

(慈雲尊者)答えて曰く、
「長所も大いにあるが、短所も少なくない。(その教義の)あらましは、天台宗の教義を柱として、初めて信心を起こした者に(純粋にして)一途なる信仰心をもたせるものである。短所は(日蓮の)思想を絶対と盲信して執着することが、他のどの外道*17 よりも陋(いや)しい*18 。(それが原因で)親族や近隣の人々との交遊も疎略になってしまうのである」

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3.脚注

*1 両部(りょうぶ)…『金剛頂経』に基づく密教と、『大日経』に基づく密教を二つ合わせた呼称。これを、しばしば「金剛界と胎蔵界の両界」などと呼称する者がある。「胎蔵」とは『大日経』に説かれている思想である。しかし、これに金剛界と同じく「界」を付け、双方合わせて両界などと呼称するのは不適切。『大日経』には「界」の思想など無いためである。よって、両界という呼称は使用するべきではない。もっとも、「両界」という呼称は、すでに鎌倉時代の興教大師覚鑁(かくばん)のあたりから使用されている。「不適切な伝統」が出来ているのである。→本文に戻る

*2 末世(まっせ)…仏の本当の教えが忘れ去られ、乱れ荒んだ時代。→本文に戻る

*3 密契(みっけい)…弘法大師から密教の奥秘を授けられた嵯峨天皇が、「密教と神道とは少しも違う所がない」と感嘆し、弘法大師に対して天皇家に伝わる神道の奥秘を悉く伝えた、という伝承がある。この神道を、天皇家所伝の神道であることから「御流神道(ごりゅうしんとう)」と呼び、その神道が密教に違う所が少しもないと言われたことから「両部神道(りょうぶしんとう)」とも言う。→本文に戻る

*4 法部(ほうぶ)…密教では、仏・菩薩・明王・天などの諸尊を、三もしくは五の範疇に分ける。「法部」とは、その範疇の内の一つであり、阿弥陀如来はその中心とされている。→本文に戻る

*5 聖道門(しょうどうもん)律宗や華厳宗、禅宗、密教など。→本文に戻る

*6 浄土門(じょうどもん)…この世界よりも楽に修行の出来る阿弥陀仏の極楽浄土に生まれ変わり、そこで修行して悟りを得ようとする教え。→本文に戻る

*7 自力(じりき)…自らのたゆまぬ努力によって救いを得ること。→本文に戻る

*8 他力(たりき)…自らの努力を放棄して他者、救済者の救いを待つこと。→本文に戻る

*9 定心(じょうしん)…精神統一することによって澄んだ、明瞭な意識。→本文に戻る

*10 散心(さんしん)…人の日常的意識。一般的に、人の意識は常に様々対象を次々につかんで揺れ動き、一時も休まることはない。これは寝ているときですらのことである。→本文に戻る

*11 正行(しょうぎょう)ひたすら「南無阿弥陀仏」と口に唱えること。「口称念仏」のこと 。→本文に戻る

*12 雑行(ぞうぎょう)…戒律を守ることや冥想、読経することなど、「口称念仏」以外の修行。→本文に戻る

*13 口唱念仏(くしょうねんぶつ)…「南無阿弥陀佛」と弥陀の名号を口に唱えること。本来「念仏」とは、心に仏の姿を思い描いたり、仏の教えを心に留めて忘れない、一種の冥想を云う。→本文に戻る

*14 緇素(しそ)…「緇」は濃灰色の意で、転じて僧侶を指し、「素」は白色を意だが転じて俗人を指す。「僧俗ともに」の意。→本文に戻る

*15 賢愚(げんぐ)…賢者と愚者。→本文に戻る

*16 隠顕(おんけん)…隠れたものと顕わなもの。ここでは、いかなる悪を行ったとしても、最後は阿弥陀仏の誓願力によって誰であれ救われる、などという思想。→本文に戻る

*17 外道(げどう)仏教以外の思想、信仰。→本文に戻る

*18 陋(いや)しい…見識が浅はかなこと。→本文に戻る

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