真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺

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‡ 戒山『雲龍院正専周律師伝』

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1.原文

以雲龍院廢壞已久。意欲興復。乃奏于朝。帝嘉之。賜以白金若于。師乃建佛殿僧舎齋堂鐘楼等屬。於是律幢高峙。而聲名日顯。若貴若賤。若小若大。靡不嚮風悦服。若京尹版倉氏。高槻城主永井氏。皆待以師禮。爲法外護。十八年。受請講法華。聽徒殆萬指。白衣男女至無席以容。滿散日。至當生忉利之文。而引法藏師救母因緣。半説之哽咽而已。久之乃曰。嗟乎如己者。柰何爲救親之若斯哉。涕泣不已。四座爲之𣽽然。會裏有豪傑禪僧。毎語人曰。周公之履耶吾取之。周公之𨤘耶吾除之。其爲人所信服也若此。師又刻三寶名字。印以與人。當是時。從受三歸五八戒者。多至一萬餘人。大上法皇欽師德義。寵遇甚渥。

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2.訓読文

雲龍院1廢壞すること已に久しきを以て、意、興復を欲す。乃ち朝に奏す。2、之を嘉して、賜るに白金若于を以てす。師、乃ち佛殿・僧舎・齋堂・鐘楼等の屬を建つ。是に於て律幢高峙して、聲名日に顯す。若しは貴、若しは賤、若しは小、若しは大、風を嚮して悦服せざるもの靡し。京尹3版倉氏4、高槻城主永井氏の若きは、皆待して師禮を以て、法外護と爲る。

十八年、請を受けて法華を講ず。聽徒殆ど萬指にして、白衣の男女、席を以て容るところ無きに至る。滿散の日、當生忉利の文5に至て、法藏師の母を救ふ因緣6を引く。半ば之を説くに哽咽して已まず。之を久しくして乃ち曰く、嗟乎、己の如き者、柰何、親を救ふことの斯の若く爲らんやと、涕泣して已まず。四座之の爲に𣽽然とす。

會裏に豪傑の禪僧有り。毎に人に語て曰く、周公の履や、吾れ之を取る。周公の𨤘や、吾れ之を除くと。其の人の爲に信服せられること此の若し。

師、又た三寶の名字を刻で、印して以て人に與ふ。是の時に當り、從て三歸五八戒を受く者、多く一萬餘人に至る。大上法皇、師の德義を欽して、寵遇すること甚だ渥し。

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3.現代語訳

雲龍院が荒廃して久しいことから、その復興を志すこととなり、朝廷に上奏した。帝はこれを聞いて喜ばしいことであるとし、白金若于を下賜した。師はそこで佛殿・僧舎・斎堂・鐘楼等の諸堂を建てた。そしてこの雲龍院において律幢を高くかかげ、その名声を顕すこととなる。もしくは貴人、もしくは賤人、もしくは小人、もしくは大人、その徳風を受けて悦服しない者など無かった。京尹〈京都所司代〉の版倉〈板倉の誤植。板倉重宗〉氏、高槻城主永井氏〈永井直清〉などは皆、(師を)歓待して師礼〈師として礼拝すること〉し、その外護者となった。

十八年〈1641〉、請いを受けて『法華経』を講義した。その聴衆はほとんど万指〈千人〉にも及ぶほどで、白衣〈在家信者〉の男女は座る席すら無いまでとなった。満散の日〈最期の日〉、(『法華経』巻八 普賢菩薩勧発品第二十八にある)「當生忉利」の一節に至って、法蔵師が母を救った因縁譚を引用して解説する半ば、突如嗚咽しだした。そうしてしばらくの後、「嗚呼、私はどうして法蔵師のように親を救おうとしなかったのだろうか」と言い、涙を流してとめどなかった。四座〈すべての聴衆〉もまたこれを聞いて𣽽然〈涙を流す様子〉とした。

会裏〈衆中〉に豪傑なる禅僧があった。事あるごとに人に対し「如周公の履物ならば、私はこれを丁重に取り扱う。如周公の糞尿ならば、私はこれを丁重に清掃する」と語っていた。(如周公が)人から信服されていたのは、まさにそのようであった。

師はまた三宝の名字を板刻して印し、それを人々に与えられた。それと同時に、師の元で三帰依し、五戒・八戒を受ける者は、多く一万余人にも至った。大上法皇〈後水尾上皇〉は、師の徳義を喜び、(師を)寵遇すること甚だ手厚いものであった。

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4.語注

現代語訳 脚注:非人沙門覺應
horakuji@gmail.com

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