真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺

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‡ 資延敏雄 「末法味わい薄けれども教海もとより深し」(6)

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1.原文

[ただ)一言も不可思議を口にすること勿[なか]れ。人の機根万差にして等しからず。宗我を逞しくして自他の優劣を判じること勿れ。徒[いたずら]に高邁の言葉を陳ぜず、分を過ぎたるを求めず、法を得れば拳拳服膺[けんけんふくよう]してその果を求めよ。自らの機根省みずして多聞[たもん]を求めれば、則ち百年生けれども一法に迷う。ただ一法を聞いて心念勤修[しんねんごんしゅ]せば、一日にして万法証するも可なり。機の大乗小乗の別を外儀に求めず、ただ己[おの]が心地にこれを求めよ。内に菩薩行を秘し、外に声聞の形をなせ。小を嗤[わら]って大に背き、むしろ邪に転ずること勿[なか]れ。

出家の罪業度し難きこと、興正菩薩の辯の如し。出家たるもの、異性と接すること清涼大師の如くあれ。[けん]起これば則ち不浄観にてこれを離れよ。古来、僧の女犯[にょぼん]頗る多しと雖も、その罪甚だ重きこと聖教に明らかにして、高祖も重々誡めたるところ。もし律儀持すること能わざれば、捨戒10 して白衣11 となれ。もし捨せずして婬法行わば、それ波羅夷不共住12 にして、己が今生の釈子の種、断滅す。またこれに謗法の重き罪咎あり13 。よくよく意に留めるべし。

願わくば至心に真言の法門を奉じるの朋、高祖の遺志を継ぐべきの畏友、大聖[だいしょう]14 の誠言に随って不死の法幡15 を掲げんことを。伏して請う、極心求法の道人、奮起し戒壇再興して僧宝を建て、人天の帰依処となって誠道を照らさんことを。僧儀興復して戒徳の香、扶桑に千代に留まらしむことを。道心堅固の人、西大の菩薩16 深草の上人17 葛城の尊者18 等諸賢に倣いて、如説修行の聖僧とならんことを。

忠言耳に逆らう19 。おそらくは不肖の我が訥言[とつげん]20 、その耳奥に達して心応じる人少なし。ただ我、聖賢知識の人現れば、たちまち弟子となって泥土に伏し、その沓[くつ]を頂かん。

高野山真言宗 総本山金剛峯寺第411世座主 資延敏雄 識

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2.語注

拳拳服膺[けんけんふくよう]…「拳拳」とは、つつしむこと。「服膺」は、心にとどめて忘れないこと。→本文に戻る

多聞[たもん]…仏の教法を多く知ること。多くの知識を蓄えること。世間では、知ったばかりのこと、知ってまだ理解の浅い事であっても、やたらと人にそれを教えたがり、時には師匠然とすらする者が多い。これは大乗の徒であろうが小乗の徒であろうが、まったく同じである。「小人の学は耳より入りて口より出ず」『荀子』、これである。
 自らの分をわきまえずにやたらと知りたがり、ただ仏典を読みあさって知ったところを、「この経典にはこうある。あの経典ではこう。これはこのように説かれているから、あなたの言う事は誤り」などと、いたずらに愚かな周囲に説き廻り、したり顔するだけの者がある。浅ましい事である。無暗にああだこうだと講釈するのを控え、自分の知ったところを自分のものとするべきである。さらには以下を参照せよ。(→明恵上人『阿留辺畿夜宇和』末代の。→慈雲尊者『慈雲尊者短編法語集』→本文に戻る

心念勤修[しんねんごんしゅ]…心にとどめて忘れず、勤め励むこと。→本文に戻る

内に菩薩行を秘し、外に声聞の形をなせ… 精神的には大乗であっても、外見やその振る舞いは、律蔵に規定された通りの僧侶の姿をとること。法事など儀式 の時だけ袈裟衣を着け、神妙な顔で僧侶然とするも、それが終われば趣味の悪い俗服を着て出かけることなどではもちろんない。
 『妙法蓮華経』いわゆる『法華経』巻四「五百弟子受記品」の偈にある言葉。「内秘菩薩行、外現是声聞」。→本文に戻る

興正菩薩[こうしょうぼさつ]の辯…出家の罪業は度し難し。『興正菩薩御教誡聴聞集』にある叡尊の言。→本文に戻る

清涼大師[しょうりょうだいし]…華厳菩薩、清涼大師と称される澄観[ちょうかん]は十誓を立て、生涯女人を見ることがなかったという。釈尊もその御生涯の最後に阿難尊者に対し、「女人を視るな」と教誡された(『遊行経』)。現実としてこれはほぼ不可能なことであろうが、性欲を制しがたい者には、それほどの心構えが必要である。→本文に戻る

[けん]…淫欲の情。性欲。→本文に戻る

不浄観[ふじょうかん]…五停心観の第一。『倶舎論』では、数息観と共にもっとも推奨される冥想法。『智度論』では、これは淫欲の強い者が行うべきもので、瞋恚の強い者が是を行えば逆効果になると説いている。→本文に戻る

僧の女犯頗る多し…実際日本の僧侶の歴史をみると、目を背けたくなるほどの破戒の悪行に満ちている。昔のオボウサンは違った、などということは、大勢としては事実と異なる。→本文に戻る

10 捨戒[しゃかい]…捨戒の方法は簡単である。誰か言葉の通じる気の確かな大人に対して、捨戒して僧侶を止めるとの言葉を明瞭に伝えればよい。ただし、当然であるが、また僧侶になるためには最初から得度受戒の過程を踏まなければならない。その場合、戒臘はゼロとなるから、年配者であっても新発意あつかいとなる。→本文に戻る

11 白衣[びゃくえ]…在家者。実際として、現在既に寺に居住する者はそれを放棄して出て行くことはないであろう。間違っていることを知っていても、なんとか屁理屈をこねるか我田引水して己を正当化するか、堕落しようが諸人は戒律など求めていないし、第一今までこれでやってこられたのだから問題あるまいと、居直る者が殆どであろう。厳密な規律無き、血縁で相続していく既得権を得るとはそういうことである。世襲で財産と地位を継承する事は、出家であろうと在家であろうと、ろくなことにはならない。→本文に戻る

12 波羅夷不共住[はらいふぐうじゅう]…断頭罪とも言われる。二度と比丘なることが出来ない、僧侶としては死に価する罪であるから。→本文に戻る

13 謗法の重き罪咎あり…破戒したにもかかわらず、僧侶の格好を続けてさらに、破戒しても別に善いなどと放言するのは、結果的に仏教を損なう行為に他ならない。また在家者を誤解させ、まっとうな比丘がむしろ疎まれる結果をまねき、最終的には僧伽の破壊・分裂をも招くから、謗法といって過言でない。→本文に戻る

14 大聖[だいしょう]…仏陀釈尊。→本文に戻る

15 不死の法幡[ほうばん]…正法を旗に喩えていう言葉。→本文に戻る

16 西大の菩薩…興正菩薩叡尊。→本文に戻る

17 深草の上人…玄政[ふかくさげんせい](日政)。もと泉涌寺の正専如周の薫陶を受けて出家を志し、後に日蓮宗徒として僧となったが持戒持律すべきことを主張し、諸宗の人とも盛んに交流を持った人。一般に上人が護持した戒律は「草山律[そうざんりつ]」などと言われるが、それは実体のない名称であって不適切。そもそも玄政が誰から受戒したのか不明であるが、元日蓮宗徒であった槇尾山の省我律師と非常に親しくし、彼から明忍律師伝の著述を依頼されてこれを書いている。『扶桑隠逸伝』を表したことでも有名。書道のかなに優れていたため、現代ではその方面のほうが有名か。→本文に戻る

18 葛城の尊者…慈雲尊者。難波にて正法律復興を唱え、江戸期における仏教に重大な影響を与えた。自身が所属する宗派に対する盲信や、宗派びいきを厳しく批判したため、保守層から異端視もされた。鎌倉期以来、律宗で着用されてきた袈裟が誤っているものだとして改正したため、当初自身が籍をおいていた野中寺一派から破門すらされている。
 当時の人々からは、舞鶴松尾寺の等空[とうくう]と共に、仏法の日月と称えられた。→本文に戻る

19 忠言耳に逆らう…忠告というものは、それを必要とする人にこそ求められず、むしろそれを言えば怒りを買う、との意。→本文に戻る

20 訥言[とつげん]…たどただしい言葉。→本文に戻る

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