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律蔵に説かれる規定の内、重要なものを挙げれば、二百五十の禁則事項ならびに行事規定が数えられます。これを一般に、具足戒や二百五十戒といいます。二百五十戒といってもこれは概数で、現存する律蔵によってその数はまちまちで若干の異なりがあります。
二百五十戒などと言われる律のすべての規定が、「~してはいけない」という禁則というわけではなく、「~するべきである」という行為規定がその半数近くを占めています。また、サンガの中で何事かについて諍いが起こった場合に、その諍いを解決するための方法も、この中に説かれています。
二百五十戒は、その禁則や規定の内容によって、八つに範疇に分類され、説かれています。これを伝統的には僧戒八段[そうかいはちだん]といいます。
以下にその八つの範疇を挙げ、次にそれら一々に簡単な説明を付しておきます。その際、用語などは『四分律』のものを用いますが、その他の律蔵でも大同小異でほとんど同じです。
(それぞれの詳細については、”『四分律』戒相”を参照のこと。)
波羅夷法 | Pārājika | 比丘が最もなしてはならない行為についての規定。もし比丘がこれを犯した場合、ただちに還俗させられ、二度と比丘になることが出来ない。 |
---|---|---|
僧残法 | Saṃghāvaśeṣa | 比丘がなすべきでない行為についての規定。もし比丘がこれを犯した場合、最低六日間は比丘としての資格や権利が剥奪される。その後、廿人以上の比丘達に対して懺悔することによって出罪出来る。 |
Saṇghādisesa | ||
不定法 | Aniyata | 比丘の、特に女性に関係する罪を犯した嫌疑にかけられる状況になった場合に対応する規定。もしその嫌疑が事実であった場合、対応する罪に応じた処罰が下される。 |
尼薩耆波逸提法 |
Naihsargika prāyaścittika | 比丘の所有物に関する規定。違反して取得・所有する物品は僧伽に対して放棄し、四人以上の比丘に対して懺悔することに依って出罪出来る。 |
Nissaggiya pācittiya | ||
波逸提法 | Prāyascittika | 比丘としてふさわしくない行為に関する規定。一人以上の比丘に対して懺悔することによって出罪出来る。 |
Pācittiya | ||
波羅提提舎尼法 | Pratideśanīya | 比丘の食事の布施を受ける際の規定。一人の長老比丘(法臘十歳以上)に対して懺悔することによって出罪出来る。 |
Pāṭidesanīyā | ||
衆学法 | Saikśa | 比丘の行儀作法・立ち居振る舞いに関する規定。故意の場合は一人の比丘に対し、不注意での場合は自ら反省することによって出罪出来る。 |
Sekhiyā | ||
滅諍法 | Adhikarana śamatha | 僧伽内で争論が生じた際の解決方法に関する規定。 |
Adhikaraņa samatha |
波羅夷[はらい]とは、サンスクリットならびにパーリ語Pārājikaの音写語で、僧侶の絶対に行ってはならない極重罪を指す言葉です。
僧侶でありながらこれを犯せば、ただちにサンガから追放され、いくらその罪を悔いて懺悔しても、二度と僧侶となることは出来なくなります。
このことから、波羅夷は、不共住[ふぐうじゅう]あるいは不応悔罪[ふおうけざい]と漢訳されています。
また、これを犯すことは、いくら犯して後に悔いても「二度と比丘になれない」という出家者としての死を意味するものであり、その罪は一般社会における死刑に相当するものであるということから、断頭罪[だんとうざい]との漢訳語すらあります。
人が比丘となるためには必ず具足戒を受けなければなりませんが、その受戒時、およそ250項目の一々がその人に告げられることはありません。
しかし、この四条からなる波羅夷は、受戒時に新しく比丘となる者に、必ず言い聞かせられることになっています。出家して日が浅く、律の規定一々について知らないうちに何か罪を犯してしまっても、波羅夷以外の罪ならば懺悔によって許されます。しかし、この波羅夷だけは、正式な出家者である比丘にとって、どうあっても許されない罪であるためです。
僧残法[そうざんほう]とは、サンスクリットSaṃghāvaśeṣaあるいはパーリ語Saṇghādisesaの、誤解に基づいた漢訳語で、僧伽婆尸沙[そうぎゃばししゃ]とも音写される、波羅夷につぐ僧侶の重大な罪です。
比丘が僧残を犯してそれを隠していた場合は、まずその隠していた日数だけ、別住[べつじゅう]といって他の比丘達から離れて過ごさなければなりません。
そしてその後、これは罪を犯したことを隠さなかった比丘も、「六夜の摩那埵[まなた]」といって6日間別住しなければならないのです。この間、僧残を犯した比丘は、比丘としての資格や特権が失われ、僧伽における諸行事に参加することは許されず、サンガに特別な布施があった場合には原則として分配されません。
僧残を犯した比丘は、6日間+αの謹慎期間を終えた後、最低二十人の比丘達の前でその罪を告白・懺悔しなければなりません。そして、そこに参加した比丘全員の承認を得られれば、比丘としての権利が回復します。万一許されない場合は、さらに別住を続けなければなりません。
不定法[ふじょうほう]とは、サンスクリットあるいはパーリ語のAniyataの漢訳語。波羅夷法または僧残法、波逸提法のいずれかの罪を犯したのでは無いかの嫌疑を持たれた場合の罪、または嫌疑をもたれるような状況に身を置くことを禁じた規定です。
不定法は、信頼しうる篤信の女性在家信者(預流果以上に達している女性)から、僧伽に対して比丘がいずれかの罪を犯したのを見た、との告発があった場合にのみ成立します。
不定法を犯したと告発された比丘は、僧伽に対してその罪状認否を行います。もしここでその比丘が罪を全く認めなかった場合は、女性在家信者の告発した罪が、例えば波羅夷であれば、そのまま適用されます。罪を認めて自白した場合は、その罪に対応する罰則を適用します。
不定法を犯したとして告発され、それが確かに罪であったとされた場合、適用される罪は7つの内のいずれかとなります。
その7つとはすなわち婬戒(波羅夷法)・摩触女人戒(僧残法)・与女人麁語戒(僧残法)・嘆身索供養戒(僧残法)・共女人宿戒(波逸提法)・与尼独屏処坐戒(波逸提法)・食家屏坐戒(波逸提法)です。
尼薩耆波逸提法[にさぎはいつだいほう]とは、サンスクリットNaihsargika prāyaścittikaまたはパーリ語Nissaggiya pācittiyaの音写語で、捨堕[しゃだ]と漢訳される、僧侶の所有物に関する罪です。
もし比丘がこれに違反して、禁止された物品、または禁じられた方法で物品を取得した場合、まずその物品を僧伽に対して所有権の放棄を行い、四人以上の比丘の前で懺悔しなければ許されません。
物品によっては、懺悔して許された後に、その比丘本人に返却される場合もありますが、金銭財宝などは返却されません。
波逸提法[はいつだいほう]とは、サンスクリットPrāyascittikaまたはパーリ語Pācittiyaの音写語で、単堕[たんだ]と漢訳される、比丘が行うべきでない、ふさわしくない行為に関する罪です。これを犯した比丘は、一人以上の比丘にその罪を告白し、懺悔すれば許されます。
波羅提提舎尼法[はらだいだいしゃにほう]とは、サンスクリットPratideśanīyaまたはパーリ語Pāṭidesanīyāの音写語で、対首懺[たいしゅさん」と漢訳される、比丘が食事の布施を受ける時の禁止事項です。
これを犯した場合は、一人の長老比丘に対し、律蔵に規定された言葉で懺悔すれば許される。
漢訳語には他に、悔過[けか]・可呵[かか]があります。もし比丘が、この禁止事項に違反した場合、一人の長老比丘に対して律蔵に規定された言葉どおりに告白し懺悔すれば許されます。
衆学法[しゅがくほう]とは、サンスクリットSambahulāh saikśaまたはパーリ語Sambahulā sekhiyāの漢訳語で、比丘の行住坐臥、衣の着方や食事作法、威儀進退から説法などに関する禁則事項です。
比丘が意図的にこれを犯した場合は、一人の比丘に対して懺悔すれば許されます。
故意でない場合は、自分が心の中で反省すれば良いとされます。いわば比丘としての行儀作法の規定です。
滅諍法[めつじょうほう]とは、サンスクリットAdhikarana śamathaまたはパーリ語Adhikaraņa samathaの漢訳語です。
その他の律の条項と異なり、滅諍法は禁止条項ではなく、僧伽になんらかの異見が起こって争論となったとき、その事態の収拾を計るための規定や、比丘が罪を犯したとき僧伽で行われる裁判の運営法です。
これはすべての律蔵に通じて、七項目が挙げられています。
律にその行為の内容によって八つの範疇があるのは上に見たとおりです。
これをさらに、違反した場合の罪の軽重という観点から、五つあるいは七つの範疇に分類します。これを一般に、五篇七聚[ごひんしちじゅ]と言います。
律の規定に違反した場合の、罪の重さや種類を分類したものです。
罪名 | 罪状 | |
---|---|---|
波羅夷 | Pārājika | 波羅夷法を犯した罪。最重罪。 |
僧残 | Saṃghāvaśeṣa | 僧残法を犯した罪。重罪。 |
Saṇghādisesa | ||
波逸提法 | Prāyascittika | 尼薩耆波逸提法(捨堕)あるいは波逸提法(単堕)を犯した罪。 |
Pācittiya | ||
波羅提提舎尼 | Pratideśanīya | 波羅提提舎尼法を犯した罪。軽罪。 |
Pāṭidesanīyā | ||
突吉羅 | Saikśa | 百衆学法あるいは犍度で規定されている行為に違反した罪。微罪。 |
Sekhiyā |
以上の五篇に、五篇の分類で摂しきれない二つの罪を加えたのが七聚です。
波羅夷と僧残という極重罪を犯そうとしたが未遂であったもの、ならびに律蔵で特に禁則とされていなくとも常軌を逸した異常行為を、偸蘭遮[ちゅうらんじゃ]。突吉羅を身体と発言についての罪に分類して、それぞれ悪作と悪説とし、発言についての罪を別出したものが悪説です。
罪名 | 罪状 | |
---|---|---|
偸蘭遮 | Stūlâtyaya | 波羅夷法または僧残法の未遂罪。極めて異常な行為の罪 |
Thullaccaya | ||
悪説 | Durbhāṣita | 突吉羅のうち、特に発言・言語についての罪 |
Dubbhāsita |
このように、およそ二百五十からなる律の規定に違反する行為には、罪の軽重の差があります。
突吉羅[とっきら]とは、サンスクリットDuṣkṛtaまたはパーリ語Dukkaṭaの音写語で、悪事または罪を意味する言葉です。これには、軽垢[きょうく]、越毘尼[おつびに]という漢訳語があります。
突吉羅は、律における罪としては最も軽微なものですが、やはり僧侶のなすべきでない行為です。具体的には、比丘が衆学法に違反した行為は突吉羅であり、その他にも二百五十戒の中には含まれていないものの犍度にて禁止されている行為をすれば突吉羅です。
偸蘭遮[ちゅうらんじゃ]とは、サンスクリットStūlâtyayaまたはパーリ語Thullaccayaの音写語です。原意は「重い罪」「粗い罪」で、波羅夷法や僧残法の未遂罪を意味します。漢訳語には、麁罪[そざい]などがあります。
未遂罪といっても、波羅夷や僧残を実行しようとしてその寸前で止めた、あるいは遂行出来なかった場合の未遂罪がこの偸蘭遮で、波羅夷や僧残を実行しようと思い立っただけで止めた場合は突吉羅になります。このように、同じ未遂罪でもその内容によって軽重の差があります。
また、比丘あるいは比丘尼が、二百五十戒の中で明確に禁止されていない行為でも、常軌を逸した異常な行為をなせば偸蘭遮とされます。
悪説[あくせつ]とは、サンスクリットでDurbhāṣita、パーリ語でDubbhāsitaと言いますが、非法行為である突吉羅を、身体的行為と言語的行為に分け、前者を悪作[おさ]として後者を悪説として別出したものです。
これをまた悪語[あくご]などとも言います。
文字通り、粗暴な言葉使いをしたり、下品な言葉を発したりするのは悪説です。
小苾蒭覺應 敬識
(horakuji@gmail.com)
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