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彼如両山先達一乗持者實可貴之。皆世藥也。仍世間歸依随不虚。至戒律一道者與昔大殊。雖歎無益。實是時代之令然也。半又土風之不應歟。但自餘事者置而不論。南都受戒者、總七大諸寺。別両堂十師。依勅宣行之。儀式甚嚴然。三師七證爲得戒緣。設雖不清浄比丘。設雖不如法之軌則。其中若一人二人有知法人者。随分勝緣豈可空哉。當時無續人者。將來方何爲。不只一宗之衰微。既是四衆之悲歎也。
彼の両山の先達1の一乗を持する者2の如き、實にこれを貴ぶべし。皆世の藥なり。仍て世間の歸依随って虚しからず。戒律の一道に至っては、昔と大いに殊なれり。歎ずと雖も益無し。實に是れ時代の然らしむなり3。半ばはまた土風の應ぜざるか4。但だ自餘の事は置いて論ぜず。
南都の受戒は、惣じて七大諸寺5、別しては両堂十師6、勅宣に依てこれを行ひ、儀式甚だ嚴然たり。三師七證7を得戒の緣とす。設ひ不清浄比丘8と雖も、設ひ不如法の軌則9と雖も、其の中もし一人二人の法を知る人有らば、随分の勝縁なり、あに空しかるべきや。
當時續ぐ人無くんば、將來まさにいかんせん。ただ一宗の衰微にあらず。是れ四衆10の悲歎なり。
かの両山の先達など一乗を信奉する者の如きは、まことに貴ぶべきである。その皆が世間の薬となるものだ。よって世間の人々が彼らに帰依し従うことは何も空しいことはない。(しかしながら、)戒律の一道については、昔と大いに異なっている。それを歎いたところで益など無い。実にこれは時代のなせるところでもあろう。あるいは半ばは日本の風土に(戒律というものの)適正が無いのであろうか。もはや(戒律復興の為となる以外の)他の事などさて置き、(あれこれ)論じない。
南都の受戒は、総じては七大諸寺、別しては(興福寺東西金堂の)両堂の十師が、(天皇から)勅宣を受けて行うのであり、その儀式ははなはだ厳然としたものである。三師七証(が戒壇に揃ってあること)が、(新受者が)戒を受けて比丘となるための条件である。たとえ(授戒に出仕する十人の僧らが)持戒清浄の比丘で無かったとしても、たとえ(律蔵の規定に違える)不如法の授戒法であったとしても、(十人の)その中に、もし一人二人でも(仏の)法を知る者があれば、それが大変勝れた縁ともなるだろう。どうして(不如法の授戒であっても)意味のない虚しいものだと言えようか。
今この時、(興福寺が相伝する律宗を)継ぐ人が無かったならば、将来為すすべが無くなるであろう。(これは律宗という)ただ一宗の衰微の問題ではない。これは四衆〈仏教徒全体〉の悲歎となるのだ。
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