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パーリ語原文
1. [ R-1. / J-1. ]
Ye dhammā hetuppabhavā,
tesaṃ hetuṃ tathāgato āha;
Tesañca yo nirodho,
evaṃvādī mahāsamaṇo.
カナ読み
1. [ P-1. / J-1. ]
イェー ダンマー ヘートゥッパバヴァー、
テーサム ヘートゥム タターガトー アーハ、
テーサンチャ ヨー ニロードー、
エーヴァムヴァーディー マハーサマノー.
日本語訳
1. [ P-1. / R-1. ]
諸々の事象は因に依って生起する。
如來はそれらの因を説く。
――またそれらの滅も。
これが大沙門の教えである。
日本語訳:沙門覺應
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釈尊は菩提樹下にて円満なる悟りを成就せられて後、かつて苦行を共にした五人の修行者らに、Kāsī[カーシー]はMigadāya[ミガダーヤ](鹿野苑)において、その悟られた所の法を初めて説き示されます。いわゆる初転法輪です。その五人の修行者の中に、Assaji[アッサジ]という人がありました。
それら五人の修行者のうち、まず初めに悟ったのがKoṇḍañña[コーンダンニャ]尊者。釈尊は、初めて自分の説法によって悟りを得たコーンダンニャ尊者を、“aññāsi vata, bho koṇḍañño, aññāsi vata bho koṇḍañño”(「おお!コーンダンニャが悟った!おお!コーンダンニャが悟った!」)と大変喜ばれたと伝えられています。このこと以来、コーンダンニャ尊者は「Aññāsikoṇḍañño(悟ったコーンダンニャ)」と呼ばれるようになります。初転法輪で一番最初に悟った者の、栄誉ある尊称です。
そして漸次、別の四人の修行者たちも悟りに達していき、最後に悟った人、それがアッサジ尊者でした。
ある日、アッサジ尊者が王舎城の集落にて托鉢して廻っていたときのこと、Sañjaya Belatthiputta[サンジャヤ ベーラッティプッタ]という当時高名であった宗教指導者のもとで修行している若き修行者が、その托鉢して回る尊者の姿を偶然見かけます。彼は、遠くからその修行者の威儀正しい姿を見て心打たれたのでした。彼はすぐさま、その尊者がどの師についているのかを尋ねようと思いたちます。しかし、尊者は托鉢中であり、それは声をかけるのに適当な時ではありません。
托鉢とは修行の一つであって、ただの乞食とは異なるものです。托鉢中の修行者にペチャクチャとあれこれ話しかけるのは、適切な行為ではありません。
そこで彼は、距離をおいてその後を追い、尊者が托鉢を終え集落の外れでその食事を終えるまでをジッと見守ります。その間ずっと、その修行者の威儀は乱れること無く、彼はますます敬意と興味を深めたのでした。
尊者が托鉢で得た食をとり終えるのを見た彼は、いまこそ時であるとして近づき、丁寧な挨拶をしてから尋ねました。その師の名と、その師の教えを。
けれども初め、アッサジ尊者は「私はまだ、かの師についたばかりの若輩者であるから」と断ります。しかし、彼はどうしてもと食い下がり、「では知られていることだけでも良いからどうか教えてください」と懇願します。そこで「ならばでは」と尊者が応答して説かれたのが、今上に挙げた短い一偈でした。
ここにまた、改めてその偈を引きます。
Ye dhammā hetuppabhavā, tesaṃ hetuṃ tathāgato āha;
Tesañca yo nirodho, evaṃvādī mahāsamaṇo.
諸々の事象は因に依って生起する。如來はそれらの因を説く。
――またそれらの滅も。これが大沙門の教えである。
Vinaya Pitaka, Mahāvagga, Mahākhandhaka 60
[日本語訳:沙門覺應]
この一偈を聞いて、たちまちにその偈の意図するところを理解し、彼は目からウロコが落ちたかのような衝撃を覚えます。伝承ではこの時、彼は聖者の第一段階である、預流果を得たと言います。
まさしく自分がずっと探し求めていたものに出会えた、と大変に喜び、彼は尊者の元を辞して、急ぎ修行仲間で莫逆の友の所に帰ります。そして、その聞いたところの教えを語って、彼の友もまた大変な衝撃を覚えます。そして、二人揃ってそれまで仕えていた師サンジャヤの元を去り、かの大沙門、仏陀釈尊の元に入門します。その時、多くのサンジャヤの弟子もまた、その二人に付き従って釈尊の元に入門したといいます。
さて、彼の名はSāriputta[サーリプッタ](舎利弗)尊者、そしてその友の名はMoggallāna[モッガラーナ](目犍連)尊者。その二人共が後、仏陀の偉大な弟子、両巨頭となっていく人です。
サーリプッタ尊者は、アッサジ尊者よりも後に出家し阿羅漢となったとは言え、そのすこぶる秀でた智慧の故に、仏教教団の中で非常に重要な役割をになっています。しばしば、釈尊の代わりに説法することもあったほどでした。このようなことから、サーリプッタ尊者は、Dhammasenāpati[ダンマセーナーパティ](法将軍)とさえ敬称されるようになっています。
しかしながらサーリプッタ尊者は、自らの眼を開かせた、いわば大恩人たるアッサジ尊者に対し、終生最大限の敬意を払われたといいます。伝説では、アッサジ尊者の居所を知っているときはいつであれ、サーリプッタ尊者はその方向に向かって合掌して敬意を払い、決して足を向けて寝ることが無かった、と言われます。
また最初に悟りに至った五群比丘の一人で、またサーリプッタ尊者を仏教に導いた人であった、アッサジ尊者。尊者は、サーリプッタ尊者やモッガラーナ尊者などが教団に入って活躍するようになって後、表に出ること無くひっそりと過ごしています。やがて尊者は、無常なるかな、心の平安を保てなくなるほどの呼吸に困難を伴う恐ろしい病に罹るなどし、その生を終えています。
ここにDhammakāya gāthā(法身偈)として挙げた偈は、およそ仏教徒しての教育を受けた者であれば、すべからく皆知っているべきものと言えるほど、大乗小乗を問わず有名なものであり、また重要なものです。法身偈という呼称はむしろ大乗的な呼称と思われますが、これはまた、サンスクリットでPratītyasamutpāda gāthā(縁起法頌)などとも言われます。
ここで分別説部の常用経典などを挙げる中、すでに縁起は別して挙げてあるため、あえて法身偈という呼称を用いました。
さて、この偈そしてこの偈にまつわるアッサジ尊者とサーリプッタ尊者の逸話は大変有名なものではあります。しかし現在の分別説部の僧徒にはこの偈を記憶している人はそれほど多くなく、むしろ大乗の僧徒などにこそ、この偈は記憶され読誦されていることが多いようです。
たとえば真言宗の場合、これを護法天の一人、特に大黒天に対する法楽の中で唱えられます。また、卒塔婆などにこの偈を漢文や梵文を悉曇で認めたものを納めるようなことも、インド以来のこととして知っている者ならば、なされることがあります。チベット仏教では、この偈をサンスクリットとチベット語との双方で、比較的頻繁に唱えています。まさしくこの偈は真言、真実なる言葉であるためです。
大乗の漢訳仏典の中には漢訳された法身偈がいくつか伝わっていますが、現在の真言宗で用いられている法身偈は以下のようなものです。
諸法従縁生 如来説是因 是法従縁滅 是大沙門説
「諸々の事象は縁によって生じる。如來はその因を説く。この法はまた縁によって滅する」、それが大沙門の教えである。
[現代語訳:沙門覺應]
仏教の教えを端的に示す偈文というものがいくつか伝わっており、たとえば七仏通戒偈がまた有名でしょう。それは仏教の実践面を端的に示したものと言える偈です。
しかし、釈尊の説かれた教え、その核心は何かと尋ねられたならば、それは縁起です。そして、その縁起を端的に示した偈は、この法身偈であり、また、あるいは雪山偈を挙げることも出来るでしょう。いずれにせよ、それらは真理、達磨を表した真実なる言葉です。
真実なる言葉ではあっても、それをただ唱えるだけ。それだけでは、それほど意味のあるものとはならないでしょう。この縁起という達磨を体得するため、志ある人は、大きく言って戒学・定学・慧学という三つの階梯、三学を次第して修めていかなければなりません。
仏陀滅後、およそ二千五百年の時を経た今でも、いや、そのような時を経た今であるからこそ、異なる幾多の修習の術が、今の我々には用意されています。それはたった一つということはありません。
しかしひとたび、志ある人あってその道を選び歩み始めたならば、その歩む道はただ一つのものとなるでしょう。
その道は決して、我々が人である以上、極めて安楽であって易く、なんら障碍・困難を伴わないものなどとはなりはしないに違いありません。けれども、誰でも道を歩む者がその歩みを止めず、ある時は引き返し、ある時はうち倒れて希望を失いかけることがあったとしても、それでも一歩一歩少しずつ、火を燧るようにして佛の教えに従い、かの十五夜の清らかな満月に喩えられる涅槃へと、向かっていくことを願ってやみません。
小苾蒭覺應(慧照)拝記
(By Bhikkhu Ñāṇajoti)
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