真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺

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‡ 元照『仏制比丘六物図』

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1.原文

三明求財。分二。初明求乞離過。由是法衣。體須清淨。西梵高僧。多拾糞掃衣。今欲如法。但離邪求。事鈔云。興利販易得者不成。律云不以邪命得下引疏釋 激發得説彼所得發此令施 現相得詐現乏少欲他憐愍 犯捨墮衣三十諸衣戒等 竝不得作業疏云。邪命者。言略事含。大而言之。但以邪心。有渉貪染。爲利賣法。禮佛。誦經。斷食。諸業所獲贓賄。皆名邪命。今人嚢積盈餘。強從他乞。巧言諂附。餉遺汚家。凡此等類竝號邪利。次明對貿離過。若本淨財貿得最善。必有犯長錢寶。將貿衣財準律。犯捨衣貿得新衣。但悔先罪。衣體無染。可以例通。若自貿物。不得與白衣爭價高下同市道法。遣淨人者。亦無所損。有云。淨財手觸。即爲不淨。此非律制。人妄傳耳但犯捉寶非汚財體

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2.訓読文

三に求財を明すに、二を分かつ。

初めに求乞に過を離れることを明かす。是れ法衣なるに由て、體は須く清淨なるべし。西梵の高僧、多く糞掃衣を拾う。今、如法なることを欲すれば、但だ邪求を離れよ。

事鈔に云く、利を興し販易して得たる者は成ぜず。律に云く、邪命得下に疏を引いて釋す、激發得彼に得る所を説いて此に發して施さしむ、現相得詐て乏少を現じて他の憐愍を欲すを以て得ざれ。犯捨墮衣三十の諸衣の戒等なり、竝びに作ることを得ずと。

業疏に云く、邪命とは、言略にして事含なり。大にして之を言はば、但だ邪心を以て貪染に渉ること有り。利の爲に法を賣り、禮佛し、誦經し、斷食するなど諸の業によって獲る所の贓賄は、皆邪命と名づく。今の人は嚢に積みて盈ち餘れども、強ちに他に從いて乞ひ、言を巧みにして諂附し、餉遺して家を汚す。凡そ此等の類を竝びに邪利と號す。

次に對貿に過を離れることを明す。若し本の淨財をもって貿得するは最も善し。必ず犯長の錢寶有らんに將て衣財に貿えれば、律に準ずるに、捨衣をもって新衣を貿得するを犯ず。但だ先罪を悔すべし。衣體は染無し。以て例通すべし。若し自ら物を貿んには、白衣と價の高下を爭ひて市道の法に同ずることを得ず。淨人10 を遣せども、亦た所損無し。有るが云く、淨財、手に觸るるを即ち不淨と爲すと。此れ律制に非ず。人の妄傳なるのみ11 但だ捉寶を犯ず。財體を汚すには非ず

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3.現代語訳

第三 求財〈衣のための布の入手法〉

初めに求乞〈衣の仕立てるための布を乞うこと〉に際して過失を離れるべきことを明らかにする。これは「法衣」であるのだから、その元がすべからく清淨〈律に違反しないもの〉でなければならない。西方の印度における高僧らは、多くの場合、糞掃衣〈糞掃はpāṃśu-kūlaの音写。ゴミの山(に捨てられた布)の意〉を拾って(衣に仕立てて)いる。今この支那の地にては、如法であることを求めるならば、(必ずしも糞掃衣に固執する必要は無いため)ただ邪求を離れることを旨とせよ。

『行事鈔』には、「利得を目的とした交換によって得た布によっては衣とすることは出来ない。律に説かれるところの、邪命得後に疏を引いて説明する・激発得他者が得た物を説き伏せて己に施させること・現相得偽って貧乏困窮しているかのように振る舞い、他者の憐憫をかって得ることによるものを離れよ。または犯捨墮衣〈捨墮に違反して得た衣〉(捨墮とは)三十ヶ条からなる衣等の比丘の所有物についての規定である、そのいずれも作ってはならない」とある。

『四分律刪補隨機羯磨疏』〈道宣による『四分律』に基づいた諸行事における羯磨の集成『四分律刪補隨機羯磨』を自ら注釈した書。以下『業疏』〉には、「邪命とは、言葉は簡略であるけれどもその意味することは様々である。広くこれを言ったならば、ただ邪なる心によって貪欲に染まっての活動全般である。(具体的には)利得を目的として仏法を売り物とし、礼仏し、誦経し、断食するなど諸の行為によって獲得した所得は、すべて邪命である」とある。

今時の人は、多くの物を蓄えて有り余るほどであるのに、敢えて他者に対して(更に何事かを得ようと)乞い願い、言葉巧みにへつらい、餉遺〈食物を贈ること〉するなどして在家(の信仰や経済)を汚している。およそこれらの類の行為はいずれも邪利というのである。

次に対貿〈例外的に受けることが許された、衣を仕立てるために施された金銭である「衣直」の使用法〉に際して過失を離れるべきことを明かす。もし本来の浄財〈律で許された方法によって得たものでもって(衣のための布を)購入出来るのであれば、それが最善である。犯長の銭宝〈衣の入手のため以外の金銭の布施〉を得て、それを衣財として用いることになった場合は、律に準じたならば、捨衣〈律に違反して取得した、捨てられるべき衣〉をもって新しい衣に交換する過失を犯したこととなる。ただ(その際は)その罪を懴悔しなければならないが、その衣体〈衣を仕立てるための布自体〉は律に違反するものではない。この事例をもってまた類似の事態も理解せよ。

もし自らが物と換える場合は、在家者と価格交渉で争うなど、一般市場のやり方と同様にしてはならない。浄人を遣わした場合は、その限りではない。

ある者は「浄財であろうとも、それを(比丘が実際に)自ら手にすることを不浄〈律に違犯〉という」などと主張している。しかし、それは律が制限する行為では無い。その者の妄伝にすぎないそれはただ(波逸提の)捉宝の犯である。財体を汚すものではない

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4.脚註

  • 求財[ぐざい]…衣を仕立てるための布の入手法。→本文に戻る
  • 是れ法衣なるに由て云々…『業疏』巻四にある一節の引き写し。體(体)とはその本質・元のこと。
     なお、この一節で「清淨なるべし」とある清淨とは、律の規定に反しないこと。淨はサンスクリットkalpaあるいはパーリ語kappaの訳であるが、その原意は適切・妥当。
     一般に、清淨という語を見たならば物理的清潔さや、宗教的清淨さを想起するかもしれない。が、律における術語としての浄はそのようなものではない。よって、この逆の不浄といった場合「律の規定に違反した物あるいは行為」のこととなる。
     因みに清浄という語は仏典によって、また文脈によってまったく異なる意味を持つので注意が必要である。例えば般若経典で清浄といった場合、それは無自性空を意味するものとなって、それは『理趣経』においても同様である。→本文に戻る
  • 糞掃衣[ふんぞうえ]…糞掃はサンスクリットpāṃśu-kūlaの音写。その意はpāṃśu(ゴミ)-kūla(集積)すなわちゴミの山、あるいはゴミ捨て場のことであって、糞掃衣とは要するに「捨てられた布で誂えた衣」のことである。傷むなどしたためにゴミとして捨てられた布で、使用に耐える部分をのみ切り取り、洗ったものを重ね縫い、継ぎ合わせて衣に仕立て、それを袈裟(赤褐色)に染めた衣が糞掃衣である。
     『四分律』では糞掃衣に「牛嚼衣・鼠噛衣・燒衣・月水衣・初産衣・神廟衣・塚間衣・願衣・立王衣・往還衣」(T22. P1011b)の十種が挙げられる。
     巷間、ただ「糞掃」衣という漢字からの印象にのみ従って、「汚物を拭いた布で作った袈裟のことだ」などという安直な理解をし、あまつさえ人に解説すらする者が多くあるが、噴飯物の理解と言うべきであろう。→本文に戻る
  • 事鈔[じしょう]…『行事鈔』巻下「一求財如法。謂非四邪五邪興利販易得者不成。律云。不以邪命得激發得相得犯捨墮衣。不得作等」(T40. P105b)。→本文に戻る
  • 犯捨墮衣[ぼんしゃだえ]…捨墮とは、律の五篇七聚のうち、衣鉢や敷具・坐具等所有物および金銭や薬についての三十項目からなる諸規定である尼薩耆波逸提(naihsargika prāyaścittika)の漢訳。もしこれに違反した物品を取得した場合、まず四人以上の僧伽に対して懴悔し、その所有を放棄しなければならない。すなわち、犯捨墮衣とは捨墮に違反した衣のこと。→本文に戻る
  • 業疏[ごうしょ]…道宣『四分律刪補隨機羯磨疏』の略。『四分律』所説の諸羯磨を道宣が集成した『四分律刪補隨機羯磨』に対して自ら注釈した書。『羯磨疏』とも称される。『大正蔵』には未収録。その巻四 衣薬受淨篇第四を釈する中に「邪命者。言略事含。知任何不攝。大而言之。但以邪心。有渉貪染。爲利賣法禮佛誦經斷食諸業所獲贓賄。皆曰邪命物」とあるを引く。→本文に戻る
  • 對貿[たいむ]…大原則として比丘はいかなる金銭・財宝であってもそれを自ら触れて受け、蓄えるなどしてはならない。しかし、衣財のかわりとして衣を仕立てるために施された金銭であれば例外的に、様々な条件付きであるが受けることが許されている。その金銭を衣直〈えじき〉といい、それを使用して布を得ることを対貿という。→本文に戻る
  • 犯長の錢寶…比丘が(衣を仕立てるために)金銭を受ける際、衣直として受けなかった場合、それは犯捨堕となる。そしてその金銭は犯長といって、所有権を僧伽に対して放棄しなければならない。→本文に戻る
  • 捨衣[しゃえ]…その所有権を放棄しなければならない衣。もし犯長の銭宝によって得た衣は、その根本から犯捨堕衣であって、捨てなければならない。→本文に戻る
  • 淨人[じょうにん]…比丘には律の違反となる行為を代わりに行うなど、その生活を助ける在家人。浄、すなわち「律に凖じること」を助ける人という意。パーリ語ではそのような役割をする人をkappiyaという。これに恒常的にいわば職業として寺院に起居してする者もあるが、比丘の旅行時に同伴してその助けをするなど一時的にする人もある。→本文に戻る
  • 人の妄傳なるのみ…ここで元照は「有るが云く、淨財、手に觸るるを即ち不淨と爲すと。此れ律制に非ず」とそのような主張をする者のあることを言い、これを「人の妄伝なるのみ」などと断じているが、正しくない。まず捨堕において、比丘は金銭に直接触れてはならないと規定されており、たとえ例外の衣直であろうとも、その管理は浄人などに任せるべきものであって、それに比丘は直接触れてはならない。
     もっとも、この有る人の説というのが、「衣直にもし比丘が直接触れてしまった場合、その衣直はたちまち犯長の銭宝となって、それを用いて得た衣は犯捨堕衣となる」という意味で言っており、その説に対して元照が異議を唱えているのであれば、元照は必ずしも誤ってはいない。そこで割注にてあるように、「但だ捉寶を犯ず。財體を汚すには非ず」と解することが可能なためである。→本文に戻る

現代語訳 脚註:非人沙門覺應
horakuji@gmail.com

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